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DULL-COLORED POP演劇ワークショップ2019MAY

DULL-COLORED POPでは劇団で培ってきた演劇論や知識・技術を広め、次なる新しい俳優たちと出会うため、演劇ワークショップ講座(以下WS)を開催しています。2019年3月に開催され好評を博した東谷英人の俳優向けWSが、内容をブラッシュアップし再登場します。

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谷チーム座談会

──では順番に自己紹介からお願いします。

井上:井上裕朗(いのうえひろお)です。よし子役です。
塚越:塚越健一(つかごしけんいち)です。ゆき男役です。
百花:百花亜希(ももかあき)です。黒猫役です。
大内:大内彩加(おおうちさいか)です。ベージュ猫役です。
春名:春名風花(はるなふうか)です。とも美役です。
宮地:宮地洸成(みやちひろなり)です。けん太役です。
深沢:深沢未来(ふかざわみく)です。まち子役です。
東谷:東谷英人(あずまやえいと)です。高梨役です。

──塚越さんと百花さんは初演・再演と同じ役ですが、他の方は自分が今回の役を割り当てられてどうでしたか?

井上:よし子は、ずいぶん前に谷さんとこの役について話をしたことがあったので、そんなに意外でもなかったかなぁ。今回よりは、去年やった『1961年:夜に昇る太陽』での3歳の方が意外でした(笑)。
一同:確かにね、確かに(笑)。
井上:あと(『1961年:夜に昇る太陽』では)お兄ちゃんだった宮地が、息子になるという(笑)。あまりにも衝撃過ぎてどうしたもんかなっていうね(笑)。

──私は、けん太は宮地さんに凄く合っている気がします。

宮地:うん。
井上:「うん」ってなにそれ(笑)。
宮地:いや、僕にとっても意外性はなかったです。若いし、なんか演劇目指している感じだし、大学辞めようとしてるし。いや、僕は大学辞めないですけどね(笑)。ちょっとシンパシーあるなぁって感じで。僕は実際には次男なんで長男の感じは分からないですけど、妹のいる感じとかはなんとなく分かるんです。
春名:自分は長女で弟がいる立場なので、逆なんですね。ただ4年前谷さんが演出した『TUSK TUSK』という作品に出た時も、お兄ちゃんがいる役だったので、色々他の人の話とかも混ぜて演じていこうと思っています。実家での母に対する対応は、とも美みたいな感じです。外面というか猫をかぶるのが得意なんで(笑)。
東谷:(猫とかけて)上手いこと言ったなあ(笑)。
大内:私は、この脚本も読んでなかったし観たこともなかったんですけど、ちょうどキャスティングの話を頂いたのが去年の夏の公演をやってるときで。
猫ちゃんを再々演するにあたって、谷さんに「百花にぶつけるならオメエだ。オメエ面白しれぇ筈だろ」って言われて。それで私は何をされるんだろうって思ってたら茶猫だったっていう。私自身は意外でしたね。
深沢:私のキャスティングは、この中では一番最後だったと思うんです、多分。他のキャスティングを聞いたあとで「まち子、やる?」って聞かれて、最初は「まち子かぁ」と思ったんですけど、宮地くんにけん太をやらせたいから年齢層がグッと下がるので、まち子もそれに合わせて年齢を下げたいんだって言われて納得した感じでした。
前回、とも美をやってから3年半経って私の人生観も変わったので、改めて本を読むとまち子の方が今の自分に近いですし、私なりのまち子ができたらいいなと思ってます。(3年半の)再演の時にはとも美だったんですけど、周りの皆さんにたくさん鍛えてもらったこともあって、かなり思い入れのある作品なので、また出られるのは嬉しいですね。

──再々演と聞くと、皆さんのハードルも上がるように感じますが?

東谷:僕は何だか新作の気分ですね。初演と再演はほぼメンバーが一緒だったけど、今回は塚さん(塚越)と百花以外は初めての役なのであんまり関係ないというか、新作だと思います。
塚越:個人的には、3回同じ役をやらせて頂くことって小劇場の作品では、まずないんですよね。初演が2012年、再演が2015年、再々演が2019年とちょうど3年周期くらいで。僕が最初にこの作品に出会ったのが30……、あっ40歳過ぎてるんだ(笑)。今回がそろそろ50歳に手が届こうかって時なわけで、どんどん物語の中で描かれてるゆき男の年齢に近づいているんですね。本を読み返してみると、初演や再演の時にはおぼろげにしか分かって無かった事柄が、凄くリアルに感じてきたりっていう変化があって。だから自分の中ではハードルを上げてるっていうのはありますね。それをこの新しいメンバーでどうやっていくんだろうっていう楽しみはあります。
けど、正直に言うと僕はよし子をやりたいっていうのは、初演の時からずっと言っているんですけど(笑)。
ゆき男を3回演じられるというのも最大限自分の中で楽しみたいし、自分のレベルアップの機会にしたいとは思っています。
井上:今からでもチェンジっていうのはアリなんじゃない? 結構、僕は提案してるんですけどね。
全員:ない、ない(笑)。
井上:塚さんがやりたがってる役なのを知っているし、僕はそんなにやりたくないから……(大爆笑)。
百花:こら! こら! (笑)
東谷:まぁ将来的にね、塚さんがよし子をやれたら良いんじゃない。
全員:ね、ね。
塚越:オーディションの時に代役でよし子をやれたのが、楽しくて楽しくて仕方なかったです。
井上:あれをみて、よし子は塚さんでどう? って提案したの。あんなに楽しそうなんだから、いいよ譲るよって(笑)。
塚越:ほんと、オーディションで一人ではしゃいでました。
百花:確かにね、楽しそうだったものね。私は、まぁまさか3回も同じ役をやるとは思わなかったですね。初演の時は、ダルカラの劇団員として初めて出た公演で、しかも初演も再演も色々な事件が起こって(笑)。良い意味でも、そうでもない意味でも色々思い出深い公演で。
井上:どんなことが起こったの?
百花:ピー(自主規制)が入るようなことがあって(笑)。まぁ再演のときはですね、骨折してたんですね。本番の直前に骨を折って。
一同:(一斉に息を飲む)
百花:そしてギブスをしないまま公演をやり抜いて(笑)。
井上:今回はどんな事件が起きるのか。
百花:いや、だからこそ今回は安全に、何事もなく皆さん無事にっていう、それだけを願ってますね(笑)。

──では最後に、みなさんが思う「幸せって、何かしらねぇ?」を教えていただけますか。

東谷:あなたにとって幸せとは?っていう質問ですか?
百花:幸せって思える気持ちがあることかな。なんか小さなことでも、天気がいいとか、そんなことでも幸せだなって思える気持ちがあれば幸せだと思います。
塚越:誰かに必要とされていることですかね。こんな仕事をやっていると特に感じるんですけど、「この人に演じて貰いたい」とか「この人を観たい」とか「この人と一緒に演じたい」って言ってもらえること。
もちろん仕事だけじゃなくて、私生活でもそうなんですけど。誰かに「パートナーになりたい」とか「一緒にこの先も歩いていきたい」とかって言われること。そんな風に誰かが自分を必要としてくれることが、自分を満たしてくれるんだろうなぁと思います。
東谷:それって誰なの? 具体的な方が面白いっていうかさ(笑)。
塚越:例えばこのダルカラっていう劇団の中でも、ちゃんとお役を頂けることもそうだし。一番最初に客演でダルカラに出たときに谷さんに言ったんです、「お前、いらねぇよ」って言われるまでついて行きますって。押しかけ女房的に言ったんですけど、今もちゃんと参加させて頂けるって幸せだし、谷さんにずっと必要とされる役者で居たいなぁと思ってますね。
春名:存在を認識して貰えることかな。ちょっと塚越さんに近いと思うんですけど、人って誰かと繋がりたい気持ちってあると思っていて。自分のことを認めてあげられることは素晴らしいことだけれども、自分のことを認めるにも他人の目が必要で、多くの人の力を借りて自分のことを認めてあげることができるようになった時に、幸せだなって思うんじゃないかなって感じますね。
お芝居やっているのも、自分が演じる役がとんでもなく悪い奴でどうしよう? ってなった時でも、その悪い奴の中でも良いところというか悪いところの魅力が観せられたら、お客さんの中の千人に一人くらいは同じことで悩んでいる人がいるかも知れないし、お芝居の世界で色んな人間を描いてあげることで、誰かの存在を認めてあげる事ができる。っていうのがこの仕事のいいところかなって思っています。
お客様とか共演者とかスタッフさんだったりとか演出家だったりとか、そういう方達とお互いの存在を認識した瞬間っていうのが、幸せなんじゃないかなって思います。
宮地:難しいですね(笑)。僕は百花さんに近いかも知れないです。これが今幸せだって言えることが幸せっていうか。
僕はまだこれが幸せだって決めたくないんですよね。もちろん幸せになるために人に必要とされたりすることも多分幸せなんですけど。もっとまだまだ色んなところに幸せがあるって、新しい自分が待ってるって思います。
大内:かっけ~。
井上:気持ちわりぃ。
全員:(爆笑)。
東谷:兄弟喧嘩だ。
宮地:いやいや、親子、親子。兄弟は去年の夏だから、新しい関係を受け入れて(笑)。
大内:大内は、好きな物に苦しめられている時が幸せです。幸せって怖いじゃないですか。誰かから受け取る幸せって、受け取り過ぎたら裏切られた時とかにすごい落ち込んじゃったりするし。それよりも自分で生み出す「好き」を一杯貯めて、私ヲタクなんですけど好きなキャラクターグッズとかを延々と集めたり、好きな舞台を全通したりとかしたいんですよね。そうするとお金が無くなっちゃいますよね。すると苦しいじゃないですか。それでも「これ好きなんだぁ」って思いを抱えたいんです。
お芝居やっててもそうなんですけど「今、ハチャメチャこの役、つらい」とかって思いを自分で抱えてる方が、活路を見い出せるんです。「芝居辞めたい、役者辞めたい」って追い詰められた方が、「こう言う風に芝居変えてみたらいいじゃん」とか、相手のセリフをもう一回ちゃんと聞こうとしたり、自分が「好き」に阻まれて苦しまないと活路が見い出せないタイプなので、「好き」に苦しめられた方が自分は幸せです。生きてるって感じがします。
東谷さんはどうですか?
東谷:じゃ、深沢くん(笑)。
深沢:いや、結構難しい質問だなって思うんですけど。私は塚さんが言っていたことも分かるし、百花さんや大内さんの言ってたことも分かるんです。他人が居ないと生まれない幸せと、自分だけで生み出せる幸せの両方があるなと思うんです。
私は両方を感じることが多くて、私も彩加(大内)ちゃんと同じでアニメとかも好きで、自分一人で楽しいなとか幸せだなとか思える瞬間もあるし、でもなんでこの仕事をしているかというと、他人から認めてもらえる幸せもあるからで、自分の生み出した何かをみて「よかったよ」とか「楽しかったよ」って言ってもらえたり見られる笑顔とか、そういう気持ちが自分に落ちてきて初めて得られる幸せもあって。両方あると思うから一つには絞れないですね。
特に私は子供がいるので「ママ、ママ」って呼んで貰える幸せがあるんだなって。だから、よし子と近いものを脚本を読んでいて感じたんですよね。やっぱり誰かにすごく必要とされる事って難しい部分もあって、パートナーがいても終わってしまう事もあるし。永遠に持っていられるものじゃなくて、幸せって儚いものだなと思いますよね。
井上:ちょっと、全然違うんですけど。俺は、旅行してる時なんですよね。ルーツは遊牧民だったのかな? って思うほどちょっと一箇所に留まれないというか。時間やお金が続けば、一生そういう暮らしでもいいなって思うほどで。最近、なかなか遠くまでは行けないけど、近場でも普段行かないところへ行かないとおかしくなっちゃうんですよね。
東谷:最近幸せだったのって何かな?と考えると、M-1を観てる時ですね(笑)。M-1って凄いんですよ。凄く入れ込みすぎて上手く行かないコンビとか、欲が出すぎてお客が引いちゃったりとか、そういうドラマというか生の感じって言うのが凄いあって。
お笑い自体が好きなんですけど、そのお笑いの最高峰の漫才が見れるのがM-1でショーとしても凄いんですけど、自分はドキュメンタリー的な見方をしていて、なんか本当にみんな闘っていて何千組の中から8組だけがTVに出れるっていう、一年に一回のお祭りっていうのを生放送でやってる。最近はお祭り的な面が強調されすぎてて、それがあまり好きじゃないんですけど。でも、その漫才をやるってことに人生をかけていて、勝ち抜いて来て、結果が出るのはひと組だけで、それを観てるのが凄く刺激を貰えてて。
結局、お芝居を舞台の上に立って人に観てもらうっていう仕事も、それに近い経験があると思うんですよ。なんか千秋楽だからってすっごい頑張ろうとか、初日だから凄い緊張しちゃったとか、色んな経験を出演者はしてると思うんだけど、それって人間だからこそじゃないですか。本当にスーパーマンなんて居なくて、天才も居ないと僕は思ってて。その生の感じを曝け出すっていう仕事だと思うから、そこで戦ってる。それを全国の皆さんにお届けできるのがM-1で、出たいとは思わないんですけど、これからもずっと見てたいなって思います。
とにかく、舞台に立つっていうことは生であるってことで、そこをカッコつけたり取り繕ったりしないでやり続けたいですよね。だから、質問の答えとしてはM-1なんですよ。わかりやすく言うとね(笑)。

──今日は有難うございました。

一同:有難うございました。

井上チーム座談会

──順番に自己紹介をお願いします。

斉藤:斉藤直樹(さいとうなおき)です。ゆき男役です。
清水:清水直子(しみずなおこ)です。よし子役です。
結城:結城洋平(ゆうきようへい)です。黒猫役です。
瑞帆:瑞帆(みづほ)です。茶猫です。
橋本:橋本ゆりか(はしもとゆりか)です。とも美役です。
渡邊:渡邊りょう(わたなべりょう)です。けん太役です。
野村:野村由貴(のむらゆうき)です。まち子役です。
(※細井準さんは欠席)

──もう稽古が始まっているようですが何回目くらいですか?

瑞帆:8回やりました。

──(井上)裕朗さんの演出はいかがですか。

清水:楽しいです。
一同:うん。
清水:普段なかなか無いんですけど、一番最初にそれぞれの他の役に関しても色々ディスカッションして、役に対して想像力を膨らませて立ち稽古に備えて準備してっていうのが、すごく役立ってます。
瑞帆:最初の三日間くらいはずっとディスカッションをして、稽古の前後にも猫会議やったり家族会議やったり。

──そういうやり方って珍しいんですか?

一同:珍しいです。
斉藤:珍しいというか、彼らしいなというか。時間かけて色んな要素を出して用意してから、みんなで立ち上がろうっていう彼の意図だと思います。用意周到な感じがしますね。

──ディスカッションというのは例えばどういうことを話すんですか?

結城:時系列でこの時までにこういう事件が起きて、ということを裕朗さんがリストアップしてくれていて、この事件が起きるということはそれまでにこういう物語があったよね。ということを全体で共有してやるので、安心して立ち稽古できるというところが裕朗演出なのかなと。
斉藤:家で年表を作ってきてくれて。何年に知り合って結婚していつ子供が生まれて、みたいなことを一年ごとにみんなで想像で話して。
渡邊:もちろん家族だけじゃなくてお手伝いの高梨さんのこととかも話したりしましたね。
橋本:そういうことを考えて話して何の役に立つかわからないけど、きっと何かの役に立つはずだっていうコンセプトで。

──その時間が皆さんにとって大事だったんですね。

瑞帆:土台がそこで出来たから、立ち稽古に入って少々ずれかけても土台をみんなで共通で持っているので、誰か一人外れたりっていうのは全然ないし、作っていきやすいです、目的に向かって。
清水:目的がはっきりしてるから立ち上がりやすいというか。あとは、雑談から始まる普通の会話のエチュードからやって、そこから台詞に入っていって、ちゃんと相手と交流したところから場面に入っていくみたいなこともやって。
普段のほかの現場ではなかなか無いのですごく楽しいし、役に立ってます。読み合わせの日とかすごく緊張したんですけど、そういう交流から始まったので時間が経つにつれてリラックスできるし、楽しくなりましたね。

──この作品に対しては、どのような印象を持たれていますか?

清水:私ばっかり喋っていいですか?
一同:いいですよ(笑)。
清水:よし子さんが、うちの父にすごく似ていて。出方は違うところがあったとしても、自分の家族を思わずにはいられなくて。辛辣な部分もあるけど、観た人も必ず誰かに感情移入できる作品だなぁと思います。
斉藤:お父さんをやってと言われて最初は「お父さんねぇ……」と思ったんだけど、まぁ、猫もいるしね(笑)。60歳くらいの設定なんだけど、関係性が出来ればいけるかなと。
この作品をやりながら自分の家のことを考えたり、みんなの家はそうなんだとか、それぞれの家族によって違うんだなと思うと、こういう家族がいてもおかしくないよなと思ったりするし。

──猫はよし子さんの台詞を言ったりする場面もありますが、その辺りの難しさなどはありますか?

結城:最初に戯曲を読んだときに、母もやるってなるとすごく重荷というか、できないなと思ったんですね。でもやっていくうちに、よし子さんの分身としてやるというか、最初のディスカッションで共有できているので割とすっと入れるというか。
よし子がそのまま喋ってると思うとやりやすいですね。稽古場いくと直子さんがもうよし子そのままなので(笑)。おっちょこちょいだしチャーミングなので、やりやすいです。直子さんがよし子でよかったです。

瑞帆:私は以前にこの作品を観たことがあったので、黒猫と茶猫の役割もある程度わかっていたし、実際にやってみたときもそんなに大変さはなかったですね。
あとは演出家からのオーダーとどうすり合わせるかというところなので、重荷みたいなのはなかったのですが、シンクロし過ぎって言われてます(笑)。
結城:よし子さんとね、シンクロし過ぎっていうね。いまの課題ですね。寄り添い過ぎちゃって茶猫(瑞帆)が泣いちゃうっていうのとかね。
瑞帆:本当はこっちがよし子のために強くいなければいけないのに逆転しちゃってて。

──兄妹役のお二人は自分の役についてどう思っていますか?

橋本:私も兄がいて妹ポジションなので、とも美っていうキャラクターは私の性格からそんなに離れていない気がしています。
渡邊:僕は本を読んでて一番実感しやすいのはけん太ですね。レールから外れるみたいなところはまだよくわからないけど、性格とかは腑に落ちる部分が多いです。
橋本:彼は猫かぶってますね(笑)。最近わかってきた。
瑞帆:そうだよね、最近黒い部分が(笑)。
橋本:布かぶせてた部分が見えてきてる。
渡邊:いや、ないとは言えないけど(笑)。出してます、俺?
瑞帆:ゲームとかやってると出てくるよね。
渡邊:だってゲームは勝たないといけないから。
橋本:その執念が怖い(笑)。
渡邊:そんなに勝ちたい方じゃないですけど、ちゃんとやらなきゃと思って。
橋本:そう思って実際にできるのがすごいと思う。でもそこはけん太とは違いますね(笑)。

渡邊:稽古でシアターゲームとかやって、芝居とは離れた部分も利用するみたいなことをやってるんですが、この前、はっしー(橋本)に初めて「りょうちゃん」って呼ばれて。
橋本:人狼やってた時に、瑞帆ちゃんがりょうちゃんって呼んでるから私もつられて。
渡邊:今日も呼んでくれて嬉しかったです(笑)。
清水:私もゲームの時に瑞帆ちゃんのこと呼び捨てしちゃったり。
瑞帆:全然気づかなかった(笑)。

──野村さんは、けん太の奥さん役はいかがですか?

野村:私は部外者の役だからちょっと引いたところで見ないといけないのに、猫チームと一緒で結構シンクロしてしまってて。距離とらなきゃってなってます(笑)。けん太を通して見なきゃいけないのに、直子さんがよし子過ぎて、引力がすごいんです(笑)。
渡邊:舞台に出ていってよし子さん見たら息子になれるから。
清水:エチュードで台本に書かれてない部分をやってみようって色々やったんですけど、本当にそのことでも家族感みたいなのが……(隣の斉藤さんを見て)何笑ってるの?
一同:(笑)

斉藤:初めてのデートっていうシチュエーションで適当に雑談してみましょうってなって、「ヨットに乗りませんか?」みたいな話をしたりとか、そうやって自分で言ったことが頭に残ってるから「そういえば若い頃ヨットに乗ったなぁ」っていうのがうっすら共有できてて。
何でもいいんですけど、そういうこともあったなって。そういうのが重なってきて関係ができてきてるから、改めてよいしょってなんなくても会話ができるんですよね。それが井上君の計算なんだろうね。

──では最後に、チラシにもある「幸せって、何かしらねぇ?」という質問をさせて下さい。

渡邊:深いなぁ……。
結城:この作品をやっていて思うのは、人によって取り方は違うと思うんですけど、普段一緒に暮らしている家族とかに「ありがとう」って直接言えないなかで、この芝居にはそういうことがたくさん含まれていると思っていて、それを今できているのはすごく幸せだなって思います。

瑞帆:私は、自分の中で心の拠り所がちゃんとあることが幸せだと思います。
清水:やりたいことがあるっていうのが幸せだなって思いますね。
斉藤:続く、続いてるってことは幸せかな。きっかけはいっぱいあるけど、何か好きになったりして、それが続いてるってことは幸せだと思いますね。
渡邊:僕は、結局一人じゃないってことかな。一人になったとしても、その時に一人じゃないって思えること。
野村:私は、健康かな。

一同:確かに(笑)。大切。
野村:今日みんな元気で風邪もひいてなくて、いま一緒に話してて。それでいいかなって。
橋本:生きてるだけでまるもうけ、みたいな。現状とか嫌なことでも色んなことを受け入れるってことが幸せなのかな、と思いました。……言えた!
一同:(笑)拍手

──以上になります。ありがとうございました。

東谷チーム座談会

──では順番に自己紹介からお願いします。

荒木:荒木秀行(あらきひでゆき)です。ゆき男役です。
椎名:椎名一浩(しいなかずひろ)です。よし子役です。
柴田:柴田美波(しばたみなみ)です。とも美役です。
高橋:高橋奏(たかはしかな)です。黒猫役です。
田中:田中あやせ(たなかあやせ)です。まち子役です。
福冨:福冨宝(ふくとみたから)です。茶猫役です。
細川:細川洋平(ほそかわようへい)です。高梨役です。
横田:横田雄平(よこたゆうへい)です。けん太役です。

──稽古場の雰囲気はいかがですか?

田中:和やかだよね。
福冨:椎名くんが、ボケ倒して、ボケ倒して……。
椎名:変なこと言わないでー。雑談が多いですよね。
田中:雑談、多い。好きな食べ物の話とかしてます。
椎名:あと咀嚼音の話。
田中:好きな音についてとか。
荒木:まるで稽古をしてない人たちの会話みたい。
椎名:咀嚼音フェチとか、納豆はめっちゃ好きとかね。
細川:うん。
福冨:納豆は何に合うか? とか。
細川:何で、みんなそんなに雑談しているんだろうと、僕は思ってます。
一同:(笑)
高橋:裏切り者(笑)。
福冨:ちなみに細川さん、写真を撮るタイミングがいつも変です。
細川:うまく撮れないんだよね。
横田:こういう感じの雰囲気です。
椎名:かしましい雰囲気があるよね。

──仲良いのですね?

田中:仲いい……。
柴田:何で、そうですか? みたいな雰囲気(笑)。
田中:40’S(チーム内の40代二人)。
荒木:ちょっと、やめてもらえませんか?(笑)この二人だけ仲悪いみたいなの。
椎名:男性陣は静かですよね。
高橋:(椎名)男性に入ってないよ。
椎名:入っているの、入っているのですが……。

──皆さん全員、初対面?

福冨:ほぼ、そうです。
椎名:何か、ちょっとだけ面識はある人はいますけど。
荒木:細川君と私は、10年ぐらい前に共演しています。

──東谷さんの演出についてはいかがでしょうか?

椎名:さて来たぞ、これ。何か悪口言えって言われてて……。あえて言おうかな? というぐらい何か、出てこないなって。
福冨:けっこう何か、フィードバックが多いですね。1シーンやってみて、どう思った? どう感じた? という事を聞いて、対話形式なので、みんなで喋ることが多くなって、かしましい雰囲気になっているんだと思います。
田中:一方通行ではなく常に受け身ではないので、どうだった? と聞かれて、キャッチボールな感じです。
椎名:英人さんも初めて演出されるから、演出しながら発見しながら「これ、いいな。このワード、いいな」って、やっているから楽しいです。
荒木:あと夢出し。
一同:あっ、そうだ夢出し、ダメ出しじゃなくて。
荒木:こうなればいいな。
椎名:それで、僕らが叶えていきましょうという。
福冨:実現していきましょう。と言って、めちゃめちゃ体育会系です。

──夢出しって、谷さんが言い出した言葉ですよね。

椎名:僕は新国立劇場研修所出身で谷さんから講義を受けた事があって……。英人さん、谷さんナイズされているなと思って、動きとかも。
田中:(笑)動きも! 初めて知ったー。常に受けて見ているから伝染っちゃうというのもありますよね。
福冨:めちゃめちゃ、気を使ってくれます。休憩、大丈夫とか。次、行く? どうする? このシーン、やりたい? どうするみたいな。
椎名:いつも細川さんが、オチに使われているという。
細川:だいたい、そうですね。
荒木:この間、稽古で1場からやっていて、4場だけ1回で終わった。わりと他のところは、もう一回やる? やりたい? とか聞いてくれるのに、4場はいいでしょ? あれ、4場は終わるんだ。
一同:出来るでしょ、大丈夫でしょみたいな。
横田:すん! みたいな。
椎名:おもしろいのが、いろいろ言って、あー、いいじゃん、いいじゃん。とか言って、ほんとに分からないときは、よく分からないと言うこと。
田中:素直なんだよね、はっきりしていて分かりやすい。曖昧なことはないね。
柴田:役者としての軸が、しっかりあるから、何か、そういうのも見られておもしろい。
福冨:めちゃめちゃ自由度が、高くないですか? 例えば、こうやっていいもんですかね? と質問したことに対して「あー、やってみて」と言われて、我々も挑戦しがいがありますね。
高橋:「それはダメとは言いません。」とは言われています。
椎名: 最近は「すいません」「ごめんなさい」がないし。
田中:「言ったら殺す」と言っています。
椎名:それが稽古なんだから、安心してほしい。
福冨:こんな感じです。

──チラシにもありますが「幸せって何かしらねぇ。」と皆さんに聞いているのですが?

荒木:(笑)
一同:急だな、難しい、みんな黙っちゃった。
荒木:急に、すごい座談会になる。
福冨:(横田にふって)幸せって何ですか?
椎名:雄ちゃん(横田)、しゃべんないから。
横田:幸せって何ですかね。でも何か、この戯曲を読んでやって、家に帰ったりすると、僕、母親に優しくなった気がします。
荒木:(笑)
横田:母親というか、両親。親子とか家族って何だろうな、すごく考えるものであって、だから家に帰った時に、おはようとか、いってらっしゃいとか、ちゃんと言ってなかったんですけど言うようになりました。
一同:いい事だよ。
柴田:そこからの幸せって?
横田:そういう、ちょっとした事で幸せを感じるというほどの大げさなことではないけど。
荒木:いやそれは、ご両親は幸せを感じていると思うよ。
一同:感じていると思う。
椎名:常に更新されていくなと思って。
福冨:「あー、幸せとは更新されていく。」by椎名一浩(笑)
椎名:考え続けて、時と場合によって違うと思う。夢が変わってきたりとか。
お芝居の時なんですけど見続ける、関わり続けることによって、多分絶対、見つからないと思う。言えるほうが気持ち悪いと思う。でも言ってもいいんですけど、言っても、多分また変わると思う。
荒木:言いづらくなるよ(笑)。
福冨:じゃあ分かった、人生の幸せではなく、日々の幸せは? 何だろうねという話に変えたらどうですか?
細川:ひとつある。モヤモヤとストレスのある日々を過ごしたあとに、週末に一人で映画館に行って、イスに座って上映が始まるときに「最高……」と思う。映画大好きなんです。
椎名:人の数だけ、幸せがあるみたいな。
田中:また出た名言。
福冨:「人の数だけ、幸せがある」 by椎名一浩。格言みたい。
椎名:他人と書いて、ひと? ひとの幸せを感じられるようになると、幸せかけ算のようになるなあ。
田中:幸せだなって思うことないけど、何かあった時に、こういう時って幸せだったなと、後から振り返って思うなってのがあって、すごい小っちゃいけど幸せまでいかなくても、例えば電車に乗っていて、急に人身事故があって遅延とかあったときに、幸せってほどじゃないですけど、時間通りに着いているのって当たり前だと思っているけど、ある意味幸せじゃないけど良かったんだなと。毎日、朝起きて何事もなく眠れることも幸せだと思ったほうがいいんでしょうけど。それって案外、難しい。そういう何か、起きたときに幸せだったんだなと。過去が幸せだということ。
福冨:楽しい瞬間が幸せという感じ。
一同:(笑)
椎名:ギャルか!
椎名:関係ないかもしれないですけど、子どもと老人を見ている時って幸せなんですよね。
田中:子ども見ている時は確かにー。
椎名:ちょと生に近い存在?
田中:生と死ってこと?
椎名:まあ、そうなんでしょうね。その、すごくかわいいなって
横田:老人の方が見ていられる、おじいちゃんが座っているだけで、もう。
福冨:お酒飲める?
横田:お酒は分からないけど(笑)。
椎名:すごい気持ち悪い話なんですけど。隣に座っているだけで、手をこう(膝の上に載せるしぐさ)やりたいな。
横田:それは、ちょっと分からないけど。
椎名:子どももおばあちゃんも無条件に(膝の上に載せるしぐさ)こうやってやりたいな。
横田:幸せとは何でしょうか?
椎名:荒木さんのが聞きたい。
荒木:俺はお酒を飲んでいる時。
椎名:シンプルなのがいいですよね。
荒木:稽古終わって帰って、ハイボールを飲んでいるときが幸せですよ。
椎名:ご飯って、やっぱり幸せだよね。
高橋:あったかいご飯を好きな人と食べている時間みたいな。別に異性じゃなくても。
椎名:食って、やっぱり大事だな。お料理して出来たよーって。
荒木:料理するの?
椎名:僕、すごいしますよ。いま家に、お友達がいるので居候している人がいるんです。朝ご飯をつくって弁当持たせて。
荒木:弁当も作っているの!?
一同:えーっ!!
福冨:お母さんみたい。
荒木:友達に? すごいな。
椎名:あの宿泊費としてお金を貰っているし、一人分作るのも二人分作るのも一緒だなと。
田中:それって幸せですね。劇中のセリフであるじゃないですか、「自分のために作るお味噌汁なんて嫌だわ。気持ち悪い」って、人に作ってもらった料理って美味しく感じるし。自分が自分のために作るものって、何作るか分かっているのもあるけど、何か味気ない。誰かのために作るとか、そういうのがやっぱり幸せ。自分で作ったものでも、人と一緒に食べて共有できるというのが幸せですよね。
椎名:小学生の遠足でお弁当食べるとき、開けても自分が作ったからつまらないですよ。
田中:あーっ。
福冨:小学生のときも?!
田中:偉い!
高橋:いや、でも分かる。私も中高、自分でお弁当を作っていて、お母さんのお弁当の思い出がなくて。
椎名:ない!
高橋:それが寂しいなと思う。
椎名:たまに、すごい作ってくれるときがあって、僕、泣きましたもん。だから友達とかが嫌いなもの入れるなと言っただろうババァて聞くと、全力で殴りたくなる。それで、ケンカしましたもん、友達と。
田中:何で、そんな事言うのってこと?
椎名:そう、お母さん作ってくれたでしょ。と本気でケンカしましたね。
荒木:それ友達はウザかっただろうな。まだ中高生に、その気持ちは分からなかったと思うよ。
福冨:うーん、きっとね。
荒木:今は分かるけど、当時の友達は、コイツ何だよーって。

柴田:台本を読んでいて、幸せって、角度によって違うなと思いますよね。生き方によって、役それぞれもそうだし。幸せって思っていることが幸せじゃないとまで言わないけど、違う言葉にハマっちゃうなと思いながら読んでるし。
田中:幸せって思っている事が、人からの押しつけみたいな?
柴田:椎名くんから見たら、お弁当作ってもらえる人って幸せじゃんと思う。いつも食べている人からしたら、何だこの飯みたいな感じで変わってくるみたいなのあるよね。
荒木:その時に分かってあげれればいいけどね。
柴田:そう、それだったらいいけどね。
高橋:それこそ、さっきの話で過去のことね。
田中:過去が幸せだったんだなという。過去に対してのほうが幸せだなって思う。振り返れるから、今になって分かる。
荒木:ごめんね、早いね。
福冨:うーん。
高橋:そういう歳じゃないよね。
荒木:俺たち40’s(荒木、細川の40代ふたり)が言うなら分かるよ。
田中:いや何か、みーちゃん(柴田)のお弁当を見ていても、あっ中高生のときのお弁当って、めちゃめちゃありがたかったんだなと思う。
荒木:えらいね、そういう事に気づけるの早いね。
福冨:そういう感謝も感じたりするけど、パッと浮かんだものが三浦大知のライブを観たあとって幸せだな、としか思い浮かばない私はもっと精進しようと思いました。
高橋:好きなものって、そうね、分かる。
椎名:僕、好きなものを見つけるのが苦手だった時期があって、最近、その幸せを知ったんですよ僕。グッズ集めているときとか。
細川:何のグッズ?
椎名:いや、あっ、ちょっと。
横田:何で隠すの?
田中:それも、そうだけど、(細川の)突然の反応も怖すぎる(笑)。
椎名:いや好きな野球選手がいて……。
荒木:言っちゃってるじゃん。
田中:(細川に対して)収集癖あるんですか? すごい、グイグイ来たけど。
細川:いや、あの集めている人の何を集めているのか聞くのが好き。
一同:(笑)
椎名:何、それー。
柴田:それ幸せ?いろいろな形があるんだねー。
福冨:あとで、みんなで、ひとつずつ披露しよう。
田中:これで、また仲良くなったね。
荒木:後でというか、他に収集しているものがある人いるの?
福冨:アハハ、ないでーす。
横田:終わり。
柴田:こんな感じです。
椎名:いま、ちなみに幸せとは何かという話?
福冨:もう、まとまったんじゃないですか? あやせのやつで。
椎名:最後に聞きたいことで1週間ちょいやって、どういうねこちゃんにしたいのか? と、みんなから聞きたいな。
福冨:どんなシーンでも、ぶつかり稽古じゃないですけど。ぶつかってお互いをあげていかないと、おもしろくないなと思って、昨日の稽古で言葉で勝負するというワードが出たと思うんですけど。勝負という熱量ぐらい、何というか、めっちゃ汗かくじゃん、この会話劇みたいな。そういう体育会系みたいにしたいなと思ってます。
柴田:とにかく相手を大事にする。
椎名:自分で言っていて思いつかない。
高橋:昨日思ったんですけど。台本を読んでいて、これ自分がどうとかじゃなくて、やっぱりお客さんが観ていて、どこに感情移入するか? によって、誰に感情移入するか? によって、全然違うお話になると思う。受け取り方が違うなと思って、それで自分の観た人が家族を想い、それこそ「おはよう」って言ってみるとか、そういう何かを受け取ってくれたらいいなと思いました。
椎名:漠然としちゃうんですけど、もちろんずっとお芝居を続けるかやめるか分からないですけど。絶対、忘れられないものにしたいなと思って、一生のなかでこの芝居、この祭りで4チームあって4演出あって、関係あるかないか分からないですけど。絶対、私の人生で、あれが必要だったとか、なかったらいま違ったなと言える作品とか公演にしたいと思っています。
柴田:賛成ー。
細川:それぞれ違うキャリアを歩いてきた人が集まっていて、そのなかで僕は僕なりに、これまでとこれからの、結節点になるような作品にできたらいいなと思っています。凝り固まった視野をほぐして広げて、この先いろんな方向へ向いていけるような、自分にとってそんな作品にならないといけないなと思いながらやりたいと思います。
横田:賛成。
田中:この物語に出てくる人たちみんなに、それぞれが思う正義があって、その正義がしっかり伝わるものになったらいいなと思っています。
荒木:家族それぞれが抱えているものっていうのを、観ているお客さんに感じてもらえれればいいなと思います。
横田:みんな楽しんでね。

──以上になります。ありがとうございました。

百花チーム座談会

──まず順番に自己紹介をお願いします。

平吹:平吹敦史(ひらぶきあつし)です。ゆき男役です。
木村:木村望子(きむらもちこ)です。よし子役です。
小林:小林春世(こばやしはるよ)です。黒猫役です。
廣田:廣田彩(ひろたあや)です。茶猫役です。
大島:大島萌(おおしまめぐみ)です。とも美役です。
今野:今野誠二郎(こんのせいじろう)です。けん太役です。
佐藤:佐藤千夏(さとうちなつ)です。まち子役です。
川上:川上憲心(かわかみけんしん)です。高梨役です。

──百花さんの演出はどうですか?どんな風に稽古が始まるのでしょうか。

今野:「名前鬼」……。
小林:毎日、「名前鬼」から始まります。
平吹:読み合わせは、最初の一日だけでした。
小林:二回目からは立稽古です。
大島:この前は、一回通しもして。
小林:もう、通しました。
平吹:かなりスペシャルな(笑)。誠二郎君が住んでいる古民家というかシェアハウスをお借りして。
佐藤:共有スペースのリビングが丁度良い感じで、ここで感覚を掴めたらいいねって。
一同:猫もいて、楽しかったですね(笑)。
今野:なんか、夢だったんですよね。家でやるのが。
木村:ダメだしの紙に猫ちゃんが乗っかったりして、途中で止まったりして(笑)。

──お家みたいな所で稽古すると、家族感のようなものが出てきたりして?

今野:最初は住みたいなとか思ったりして。
一同:そうそう、合宿みたいな(笑)。全然やりたい(笑)
小林:うちら猫はキャットフード食べたりしてね(笑)。
大島:アットホーム具合で言ったら、他のチームを知らないのにこのチームが一番だと思ってる。
一同:チャンヌ(百花)のチカラが大きい気がする。うん、絶対。
小林:なんだろう、普段は俳優なので目線が一緒で、本人もおっしゃってたんですけど上に立つのではなく、同じ目線で先頭に立つみたいな。
私たちが心を開きやすいお稽古を一日目からしてくれています。
今野:ロックのライブみたいなノリで。コール&レスポンスみたいな、ノリやすい稽古をしてくれていますよね。
平吹:ノートって言っているけど、みんなへのディレクションが彼女の独演会みたいになっていて。
佐藤:全身で表現して言葉を下さるので、すごく伝わってきます。
一同:うん、来るよね。

──みなさん、百花さんと共演した経験は?

平吹:あなた(川上)だけじゃないかな?
川上:本当ですか?
小林:うん、ほとんど知らない人を取ったっておっしゃってました。
川上:百花さんは一緒に舞台に立ちたい人だから、演出席に座ってられないんですね。
自分が黒猫をやっていたので小林さんのシーンでは百花さんも立ち上がって、小林さんのセリフにあわせて一緒に動きをトレースしたりして。
その時は「こっちの気持ちの方が良いんじゃないんか」とかって、確かめてるんでしょうね。
それをみて「私(百花)はこういう気持ちなんだけど、どうだろう」とかって、確認しながらダメだしをしているように見えますね。
小林:視線を役者と一緒にして、っていう感じが強いですね。
今野:茶猫の時もやってるよね。
小林:この子(廣田)、本当に売り出したいんです(笑)。うちのイチオシです(笑)。
平吹:百花さんも本当に茶猫の動きを楽しんでるよね。
一同:一緒にやりたいんじゃないかな。
廣田:私は言語化するのが苦手で、あまり意見なんか言えないんですけど。それを汲み取ってくれて、寄り添って広げようとしてくれるんです。
一同:愛を感じます(笑)。

 

 

──みなさん、この作品は観られたことはあるんですか?

小林:ある人とない人がいます。半分位かな? 観たことがあるのは3人ですね。

──役が割り当てられたときの印象はどうですか?

小林:私は意外でしたね。
廣田:黒猫はピッタリだと思いますよ。
一同:(笑)
小林:だとしたら、すいません(笑)。
私はこの作品に出たくてオーディションを受けたんです。ダルカラの作品の中で一番好きで、基本的にいつも気の強い女の役が多いので、年齢的には「まち子」か「とも美」だと思ってたんですけど。
黒猫でしかも一度も共演経験のない私が百花さんチームで、なんで? って思いました(笑)。
佐藤:うん、今までは百花さんがやってらした黒猫をやるんですものね。
小林:私と百花さんは全然違うタイプだから、なんで? とは思いましたけど、嬉しかったですね。みんなはそれぞれの役にしっくりきました?
平吹:俺は思いがけずにって感じで、俺41歳なんですけど、けん太には年齢が行き過ぎてるし、お父さんには若いし。
小林:そうね、お父さんには若いかなぁ。
平吹:やるんだったら、よし子をやりたいなって思ってたんですよ。
一同:あ~ぁ、なるほどね。
平吹:そうかぁ、お父さんかぁと思って。
でも個人的には挑戦しがいがあるなぁと、ありがたいと思ってます。
今野:僕はやるとしたら、けん太しかないかなとは思ってました。オーディションの時も、けん太やって。
もともとはこの作品を知らなくて、ダルカラは『演劇』と『1961年:夜に昇る太陽』しか観たことなくて。でも戯曲を読んだ時にメチャクチャ面白くって、これに出られるって光栄だなと。
これまで、こんなに面白いって思う作品に巡り合ってなくって。稽古に時間をかければかけるほど面白くなるっていう自信があるなかでやるのはこんなに楽しいんだって思ってますね。
一同:すごーい(全員納得)。

小林:毎日楽しいって言ってるのはそういう理由もあるんだね。
今野:事務所を辞めて初めての仕事で、いろいろけん太と重なることがあって、今大学生なんですけどメチャクチャ単位落としてて、留年してて(笑)。
家を出てシェアハウスに住むって時も親とメチャクチャ喧嘩したりして、父が今年60なんですけど、定年したらどう過ごすんだろうという思いもあって。
この間ふと父が「俺、昔の夢はバックパッカーだったんだよね」って、漏らしたことがあって、いつか叶えさせてあげたいなって思ってたときに、この作品に出会って。
なんか普段そう思っては居ても、実家に帰るとつい母親に嫌な顔してしまったり、「うっさいなぁ」みたいなことを言って父親に怒られたりして。でも、この芝居の稽古中に実家に帰ると少し優しく出来たりして。
一同:ふ~ん、なるほど。
今野:綺麗に纏まっちゃった。
一同:(爆笑)でも、いい影響があったんだね。
今野:だから同級生には、「親と観に来てください」って言ってます。
家族ってものを行動から変えてしまうようなエネルギーっていうか、メッセージ性のある作品だから、中にはこれを観て熟年離婚しちゃう夫婦とか可能性としてはあると思ってて、ちょっと怖いですけどね。
だから、出来るだけポジティブにやりたいなって思っています。

──木村さんはどんな思いでこの作品に向き合っていますか?

木村:オーディションの段階で、年齢的にちょっと引っかかってて、取り敢えず受けてみるって感じだったんですけど。
本当にやるとしたらよし子しか年齢的になくって、まず一番悩んだのは「生々しいよし子だな」って思ったんですね。これまでは男性だけがやってきた役で、「リアルなよし子」をどうするのか考えたんですね。
男性が演じることで一つのクッションがあって、だからこそ観ててお客さんが嫌にならないんじゃないかな? って思ったんです。すごい生々しいオバさんが演じたら嫌になるんじゃないか。
それを最初すごい悩んで、分からないまま稽古に入って。でも、やってるうちに「私は私しかない」と思ったし、チャンヌ(百花)には「望子さんを選んだんだからね」と言ってもらって。選んで貰った割にチャンヌに凄く苦労かけてますけど、今ね(笑)。
それはそれとして、頑張るんですけど(笑)、「生なオバさんでもアリなんじゃないかな」って、言われるようにできたらなぁって思っています。
私、実際にはもっと年齢の上の子供が居るんですけど、このくらいの子供って可愛いんですよね。怒っても何しても可愛くなっちゃって(笑)。猫も可愛いし、旦那もすごい愛せるし、どうしましょうって感じです。
平吹:やってることはお芝居の一場面ですし、セリフは辛辣だったりするんですけど、奥さんがいて子供がいてっていうこの状況が、楽しいなって幸せだなって思えるんですよね。

──このチームは一番現実味がありますよね。

小林:そうだね、リアリティはあるよね。舞台だと年が上の人が演じることがありますけど、実際に今野くんが大学生だったり。生々しさはありますよね。
今野:丁度、同じ悩みを抱えてたりするし。
小林:強みだね、それは。

──最後にチラシにもある「幸せって、何かしらねぇ?」という質問をさせてください。

一同:(う~ん(笑))
小林:私は、好きな人達と居ることです。以上(笑)
大島:私は、「幸せってなんだろう?」って考える隙がない状態が幸せなんだろうって思います。
一同:うん、うん。
大島:「幸せってなんだろう?」と考えるってことは、幸せじゃないのかなって。
平吹:僕もなんか「幸せだなぁ」ってふっと思えるその瞬間が、ずっと続くといいなと思っていて。自分が生きてる今が楽しくて、それの連続がいいかなって思ってます。
木村:のろけて良いですか?
一同:どうぞ、どうぞ(笑)。
木村:夫と馬鹿話してる時です。
一同:あ~ぁ、なるほど。いいね。
小林:なんか、泣きそう(笑)。すごい良い、それ。具体的で超イイ。
平吹:悔しいくらいイイね、それ。
一同:(同意して頷く)
小林:さぁ、これ以上の回答が出るのでしょうか?
一同:(笑)
佐藤:う~ん、悩んで見つけられないほど、今幸せなのかもなって。会いたいって思う人に会いに行けるし、ぱっと思いつかないってことは十分に幸せなのかなって思うし。
平吹:あとはね、美味しいものを食べてね。
一同:それは大事なこと。
廣田:うんと~。
小林:来ましたよ、うちの茶猫が(笑)。
廣田:色んなことがあっても、夜の寒い時に息を吸うと空気が美味しいのが、「生きてるぜ」って感じがして。夜の空気って幸せです。「明日も来るよ」っていう感じが幸せ。
一同:お~お。
平吹:生命体として大切なことだね。
川上:いいですか? 僕はもう、右に同じです。

──右は僕(司会)ですが(一同、笑う)。

川上:希望があるのは幸せかなと思いますね。目標があるとか、やりたい事があるとか、未来に生かされてる時とかは幸せだと思いますね。
今野:僕は幸せじゃないって時がないので。
一同:すごいね、落ちたときがないの? 挫折もないの?
今野:仲間もいて、好きなこともやってて、両親も生きてて、何の不自由もなく今楽しいから。
小林:答えは今、すごいなぁ。
川上:うわぁってなった時、教えてね。ピンチの時(笑)。
小林:LINEグループで教えてください(笑)。

──以上になります。ありがとうございました。

塚越健一インタビュー

──自己紹介からお願いします。

塚越:ダルカラ最年長ですね、塚越健一(つかごしけんいち)です。プロフィール上では千葉県出身ですが、本籍地は東京で、生まれたのは京都です(笑)。

──いよいよダルカラの2年ぶりの再開公演ですが、どんなお気持ちですか?

塚越:これはいつものことですけど、他の客演させていただく現場と比べて一番緊張しますね。ホームだからやりやすいとか、創作する上で共通言語があるから理解が早いだろうとか言われるんですけど、僕は谷賢一の作品に携わるときが役者としての真価が問わてれいる気がして、一番緊張しますね。

──久々に谷さんの演出を受けてみて、どう感じましたか?

塚越:谷賢一は、昔に比べると丸くなった感じはしますかね。今回は客演さんや新人さんが多いというのもあるんでしょうけど、もともと演出するときに言葉を尽くすタイプだし、イメージをどうやって伝えようかという部分に心を砕く人ではあるんです。でも、その言葉の表現が柔らかくなったなあっていうのと、根気強くなったなっていうのは感じますね。それは、これまでの間で色々なタイプの役者さんたちと接してきて、更に磨かれたスキルなんだろうなぁと思います。

他の劇団員はどうかなぁ~。もちろん其々に色んな現場を踏んできた結果なんだろうけど、ダルカラの中での其々の役割みたいなもの、得意技みたいなものを磨いてきてる感じはありますね。

たとえばモモちゃん(百花)の瞬発力には相変わらず驚かされますし、ケンケン(大原)の演出家的な目というか演出家の意図を汲み取るのが一番早いところや、教え上手というか教え好きというか若い子たちに対する的確な指導は相変わらずですし。エイティ(東谷)も元々そうだったんですけど、明確に挑戦していくというか、自分の中でハードルを設けた上でより破天荒になってキッチリ挑戦していくなぁとは感じてますね。

──今回若者4人が入っていますが、彼ら達との関係は?

塚越:えっと、僕こう見えてすごく人見知りなんですね(笑)。そんなに殻を閉じているわけではないんですが、かといってそんなに取っ付き易くもないだろうし。あとは、年齢的には彼らのお父さん世代なんですね。年齢差があって話しかけ難いんでしょうね。彼らの方からも近づいて来ないですね。

──誰のメンターなんですか?

塚越:私は、大内さん担当ですね。大内さんが女性だからってこともあるかもしれませんが、何とも言えない距離感が(笑)。まぁ、まだ稽古始まって十日目くらいだというのもあるんでしょうけど。で、今回はダイエット指令が出ていて、懇親会にも参加してないんですよね。食べることが大好きなので、食べられない飲めないじゃ参加しても辛いだけかなぁと思っちゃって。でも、今考えると参加しておけばもう少し距離が近くなったかなぁと、反省してるんですけどね。これからボチボチ距離を詰めていきます(笑)。

──今回の作品は原発とか東日本大震災がテーマになっているので、2011年3月11日当時の記憶を聞かせていただけますか?

塚越:はい。僕、明確に覚えてるんです。3.11の日って。ダルカラが一度目の活動再開をする前で、もともと自分のプロデュース公演はやっていたんですが、新たに『オトナの事情≒コドモの二乗』という団体を立ち上げて自分の演出でお芝居をやった年なんですね。それで、その公演の仮チラシを梨那(中村梨那)が客演で出ていたお芝居に折り込ませてもらおうと思って、八幡山のワーサルシアターまで持っていった帰りだったんです。八幡山の駅のホームでちょうど地震に遭って、電車が止まってしまったので、八幡山から九段下まで歩いたんです(司会:えーー!)。それで九段下まで来たところで電車が動き出して乗って帰れたんですけど。当時、カクヤス(ディスカウントの酒屋チェーン)でアルバイトをしていて、次の日に出勤したら全部の棚の酒瓶が割れててグシャグシャで、片づけがすごく大変だったのを覚えているんですね。実際、大混乱で何が起こったのかも分からないし、福島のこともまだ分かっていなかったので、3.11当日の記憶はそんな感じですね。

──そのお芝居は上演されたんですか?

塚越:はい、上演しました。お芝居自体は5月か6月の公演で、そこは覚えていないんですよね(笑)。まぁ、早めに仮チラシだけでもと思って、折り込みに行ったんですね。あの頃は、電気を使うので公演自体を休止したりする団体もあったんですけど、うちの公演は無事になんとか。

──今回の作品や役について聞かせていただけますか?

塚越:まぁ、この歳になってきて、あっそうだよねっていう(笑)それなりに高い年齢のお役で。今回も自分の実年齢より高い年齢のお役をやらせていただくんですけど、毎回痛感するのが気迫というか迫力というか、年上の人たちって凄いなって思うのが、もの凄い説得力が身体に宿ってると思うんですね。それが今の自分に足りないと感じていて、それをどうやって自分に足していくのかっていうのが、実年齢より高い年齢のお役をいただいた時の毎回の課題ですね。

自分が持っていて無くしたものっていうのは、当時の元気はなくなったり身体が動かなくなったりしても、感覚の名残りであったり、記憶を辿ることでなんとか再現できたりするんですけど。まだ、自分の中に身についていないものをどう補って表現して行くのかっていうことが、やっぱり今回も課題になっているなぁっていうのを感じてますね。

──この前、客演された舞台を拝見して、塚さんは身体に説得力があるなぁと思いましたけど。

塚越:ありがとうございます(笑)。ただ今回特殊なのは、実在の生存されてる人物や、亡くなっていたとしてもまだ日が浅い人物をモデルにしたお役をやらせていただくことって、ほぼないんですね。異国でも遠い過去でもなくて、お役のモデルとなった方との距離感がとても近いんです。こんなことは初めてなのかな? そのことってやっぱり意識をしますし、そんな人たちがこの事件のような特殊な環境とか特殊な状況とかに巻き込まれて、更にその後を生きた人たちを演じるというのは、想像や記録や遠い記憶の中にしかいない人物をやらせていただく時とはやはり違っていて。リアリティというか、フィクションであってフィクションでないような距離感、想像だけではなんとか出来ない何かっていうのを僕の中で感じています。自分がそのお役に向かっていくときに、フィクションや寓話や伝説のお話をやるときとは違う、大きな負荷がかかるように思います。

もちろん、完全なフィクションだったり歴史上の昔の人物だったりのお役をやらせていただく時にも、想像という意味で自分の中に蓄える負荷がかかるんですけどね。今回の場合はそれとは違った大きな負荷がかかっています。今は、立ち向かったことのない近い距離感を持った人物を自分の中にどう具現化するか、自分なりの答えを探して稽古している最中でございます。

──こういった作品を上演して、お客様にどんな風に受け止められるかという怖さのようなものはありますか?

塚越:全ての作品がそうだと思うんですが、もちろん我々は伝えたいことがあって「こういうものを表現したい」って思って表現するんですけど、それが全部自分たちが思った通りに伝わってしまったら、たぶんその作品ってつまらないんじゃないかと僕は思うんです。あくまで、考えるきっかけであるべきで、お客様が考える余地や想像する余地を残してる作品こそが、面白い豊かな作品なのではないかと思うんですね。もちろん、演じる自分がどう考えてどう思ってどう伝えたいか、というメッセージを持って作ったとしても、最後は受け取り手に委ねられるものであって。

一斉に右向け右で同じような評価がされるような作品ではなく、賛否両論あって色んな人たちが色んなことを考えて下さることこそが、素敵なことなんじゃないかなぁ。それはどんな作品においても変わらないですし、どんな受け止められ方をしても、我々もそれを受け止めていかなければならないと思っています。

──最後に観客の方へのメッセージをお願いします。

塚越:『Caesiumberry Jam』の時にも言ったのですが、原発が云々といった思想的なものであったりとか、左翼的な演劇を創りたいと我々は思っているわけではないんですね。この大きな事件を通して、そこに関わった人たちにどんな影響を与え、どんな状況を招いたのか、あくまで人間ドラマとしてこの作品を創っています。

ですから今回の作品も原発のことだからとかフクイチのことだからととらえないで、もっと大きな群像劇として人間ドラマとして観ていただけたらいいなと思っています。そこで皆様が何を感じていただけるのか、この作品をきっかけにして皆様が何かを考えるフックになればいいなぁと思っております。

今までのダルカラにない社会問題を扱ったお芝居と言われそうですけれども、正面切ってそう銘打っていないだけで、今までも社会問題というかその問題の中で生きている人たちの人間ドラマを描いてきているんですね。ですから難しく考えないで、是非観に来ていただきたいと思います。そして、これをきっかけに何かを考えていただければなと思っております。

井上裕朗インタビュー

──自己紹介からお願いします。

井上:井上裕朗(いのうえひろお)です。

稽古初日の朝、稽古場に行く途中で初めて気付いたんですけど、谷くんと一緒にやるのは今回で6回目なんです。ダルカラでこれまでに3回、Theatre des Annalesで『ウィトゲンシュタイン』『トーキョー・スラム・エンジェルス』というのをやっていて、今回で6回目になるんですけど、同じ作家、同じ演出家と6回やるってのが初めてで。「あー……長い付き合いになったなぁ」ってしみじみ感じながら、今回の稽古に入りました(笑)。

──同じ人と6回っていうのは珍しいことなんですか?

井上:どうなんでしょうね。僕の中で「奇数回の壁」というのがあって。1回で終わっちゃってる方々みたいなのは勿論いる。1回だけじゃなくてまた一緒にやりましょうってなると、なぜか3回まではポンポンポンっと続いたりするんだけど、そこで止まっちゃう人もいる。もしかしたら3回やると飽きられるのかな(笑)。あと、5回っていうのは他にも何人かいらっしゃる。劇団に所属していたりすれば、もちろんもっと同じ人と一緒にやってると思うんですけど、僕は基本的にフリーでやっているので、呼んでもらわないと一緒にできない。そんな中で、一番多くなったのが谷くんってことですね。

──そんな記念すべき公演となりますが(笑)ダルカラ2年ぶりの再開でまた参加することになって、どんなお気持ちですか?

井上:そうですね。単純にとても嬉しいです。

どこの劇団もそうだと思うんですけど、今「劇団って何なんだろう?」っていうのを考えてる人たちがいっぱいいて。上手くいってる劇団は沢山あるけれど、劇団としてずーっと長くやっていくことはすごく大変だから、活動休止したり解散したりみたいなところもたくさんあって。谷くんは2年前の『演劇』をやる時、活動休止と言ってはいたけれど「今回のこの作品で自分にとって劇団っていうものが必要だと信じられなければ、解散にする!」っていうことも明言していたんです。

本気でそう思ってたんだと思うんです。そして、いろいろ大変ではありましたけど『演劇』という作品がいろんな面で上手くいったと言うか……いい公演になって、東京でやった後に新潟に行って、新潟の千穐楽の大打ち上げの時、煙草吸ってる谷くんに酔っ払った勢いで「またやるんでしょ?」って言ったら「うん、やる」って。もうその時から劇団を再開するってことは決めてたみたいで。僕自身も参加していたあの『演劇』という公演で「DULL-COLORED POPという劇団でしかできないことがある」ってみんなが思えたという結果なのだろうから、とても嬉しく思いますね。

あと一番最初に参加した『Caesiumberry Jam』は一回活動休止して活動再開した公演だったし、第二期の終わりの『演劇』、そして第三期の一発目のこの公演と、ダルカラにとってのターニングポイントになる公演に参加できてるのはすごく嬉しいです。

──今回若手4人がオーディションで入ってきましたが、どんな印象ですか?

井上:彼らの印象より前の話として。元々この福島三部作をやるっていうのは発表されていたし谷くんから聞いていて知ってたんですけど、それをどういう形でやるかっていうことは知らなくて。まず何より「この作品群を劇団でやるんだ」ってことがすごくびっくりもしたし……嬉しかったし……すごくいい決断をするなと思いました。そのうえ、メインキャストはみんな客演の若者だと聞いてさらにびっくり。しかも失礼ながら4人の若者は僕は知らなくて「どうやって出会った子たちなの?」と聞いたらオーディション。主役は完全にその中の1人だし、またすごい決断をするなぁと。

谷くんにとっても劇団にとっても大きなチャレンジとなるこのテーマ、そして記念すべき再開公演で、劇団員たちでなく若者たちを中心においたということに、本当にびっくりしました。谷くんらしいですけれど。

本稽古が始まる前に、一日だけ3~4時間、特に若い子たちの為のワークショップというかプレ稽古みたいなものをして、その時は正直「え、この子たち大丈夫なのかな?」って思ったりもしたんですけど(笑)。でも、本稽古入ってやってたらそんなことももう忘れました。

もちろん、若くて経験が浅いにも関わらず重大な役を振られ、谷くんから容赦ない高いハードルを突きつけられて、そりゃもう毎日大変だと思うんですけど、でももし僕が彼らだったら、と、逆の立場で考えてみたら、もうとにかく、羨ましいですよね。チャンスに恵まれて、環境に恵まれて羨ましい。いきなりあんな大きな役をやれて、先輩たちに囲まれて。羨ましいです。

そして僕は、とにかく若い俳優さんが好きで……若い人たちは、変な癖やこりかたまった自分の演技論とか演技法とかない分、素直だし自由だし真っ直ぐで、見てると、もちろん決して上手じゃないけど「すごくいいな!」と思う瞬間がたくさんある。僕自身、影響をものすごく受けてます。頼もしいですね。

──今回の作品は東日本大震災が背景にありますが、2011年3月11日の記憶はありますか?

井上:僕はその当時、箱庭円舞曲という劇団に所属していました。

3月11日の夜に、新宿の劇場で、劇団員のひとりが出演する公演が幕を開けることになっていたんです。その初日を劇団員のみんなで観に行こう、どうせなら早くから集まってミーティングをしようということで、昼間から新宿にあるファミリーレストランで集まっていたんです。僕も入れて3人だったかな。会議というか作業をしていた最中に、あの大きな地震を経験しました。ちょうど時間的に、その公演のゲネプロをやっているだろう時間帯だったからとても心配になって、みんなでその劇場まで行きました。劇場はサンモールだったんですけど、サンモールはゲネの直前、サンモールスタジオは本番中だったらしく、劇場の近くの公園に、俳優・スタッフさん・そしてお客さんが全員避難して集まっていて。そしてしばらくしてみんなで劇場に戻り、いろんな話をしました。なので僕の中では、あの地震と演劇関係者、そして劇場とかっていうことが繋がっていて。今でもよく、あのファミリーレストランと、劇場の横の公園のことを思い出します。

──お家には普通に帰れたんですか?

井上:家がちょっと遠いところにあるので、最終的にその日は帰りませんでした。夜、友達とタイ料理を食べていて、そのレストランでみたテレビのニュースで、思った以上に大変な事態であることを知りました。仙台空港の映像だったのをよく覚えています。

──周りの人で東北出身の方はいらっしゃいましたか?

井上:僕自身は出身が東京だし、家族の出身は関西方面で親戚もそっちに固まっているし、北の方にあまり縁はないのですが、箱庭円舞曲の主宰の古川貴義くんが福島出身だったので、彼を通じて、間接的にいろいろと感じることがありました。

──今回の作品やご自身が演じる役について今の思いを聞かせてください。

井上:すごく正直に言うと、今回のような、自分たちにとって近しいのだけれど、でも自分が最たる当事者ではないという題材を、演劇という形で作品を作って発表するということが、どういうことなのか。僕の中で、あんまり答えが出せていないんです。

以前、子供を虐待する父親の役をやったことがあるんですね。僕自身は親から虐待されて育ったわけでもない。親ではないから実際自分自身が虐待した経験もない。でも、与えられたその役を、自分なりに一生懸命に演じたつもりでした。その作品を観たとあるお客さんの中に、実際に親から虐待された経験のある方がいらっしゃったんです。その方は、大人になるにつれてようやく、その昔の辛い経験から立ち直りつつあった。でもこの芝居を観たことですごくいろんなことを思い出させられた。描かれ方にも腹が立った。腑が煮えくり返る思いがした。そういって、涙を浮かべて怒りをぶつけられたことがあったんです。

僕自身も、もちろん作家も演出家もその他の共演者たちも、もちろん誠実にその題材と向かい合って作ったつもりではありました。でもそのとき初めて、当事者の方々を傷つけてしまう危険性について、本当の意味で考えさせられました。誰かを傷つけてしまうかもしれない、誰かを怒らせてしまうかもしれない。そのことに思いを馳せ、でもそのことを必要以上に怖がらず、そしてそのことを引き受ける覚悟をもって作品を作らなければいけない。今回もそのことを強く考えています。

どんなに頑張っても、本当の意味での当事者にはなれない。もちろん一生懸命想像をして、役が抱えている感情や思考を掴み取ろうとがんばります。でもどこまで頑張っても、わかった気になるってことだけは絶対したくないなと思います。だって、絶対にわかるわけないですから。わかろうとしなきゃいけないんだけど、でも絶対にわからない。わかった気にならない。それが僕にとって大切にしていることですね。

──観ている人の傷を抉ってしまうことが今回の作品に限らずあると思いますが、それは演じていて怖かったりしますか?

井上:うーん。難しいですね。でも今回は、谷くんのことを信頼して、預けています。そして稽古の中で、僕の感じたことをすべて彼にぶつけて、僕自身もきちんと引き受ける覚悟をもてるように、いろいろと議論を重ねて作っています。

でもいわきで初日を迎えたときに、いま僕たちはこういう風に考えているけれど、それでもやっぱりすごく傷ついたとか、怒りを感じたっていう人も出てくるだろうなと思います。それはもちろん覚悟しなければと思っています。何よりそのことに対して覚悟を持っているのは、僕なんかよりも、自分で書いて演出している谷くんだと思いますが。

福島で開幕させるっていうことが、彼にとってはすごく大事なことなんだろうなと思ってます。

──井上さんが演じる役についても差し支えない範囲で聞かせてください。

井上:ある日別件で谷くんと飲んでたときに、そのときはもう出演が決まっていて、自分がどんな役をやるのかちょっと聞いてみたんです。題材的に、ものすごく説明をするような科学者とか、演説をぶちかます政治家とか、そんな役なのかなあと予想をしていて。そしたら「うーん、これがねぇ、多分だけど、ほぼ間違いなく今までやったことないタイプの役だと思うよ」と言われまして。そのあと気にしないようにしようと思っていたんだけど、やっぱり気になっていろいろと予想をしていました。第一候補は「動物」だったんです。(笑)

──(笑)

井上:ダルカラは、毎公演必ず動物が出てくる、自称「動物劇団」ですから。例えば福島に生を受けたある動物が、1961年の福島をみて、第二部の時代でも同じ土地をみて、第三部でも同じ土地をみて……なんていう役柄とかを予想してみたり。ちなみに第二候補はおばちゃんとか(笑) でもまさかまさかの○○(井上さんの役)でした。

稽古が始まる前に、何人かで福島に田植えに行ったんです。すごく楽しくて、東京に帰ったあとまた飲みに行きました。そうしたら「井上くん、今日家来ない? 稽古が始まる前にちょっと台本読んでみてほしいんだけど」と言うので、彼の家に行って、さらにお酒を飲みながら誰より先に、今回の作品の台本を、まだ途中までだったんですけど、読んだんですね。まずは、とりあえず自分の役がどれかとかを考えず、客観的に読もうと思って読みました。

でも最初のページに、登場人物の紹介が書いてあり。その中にひとり、驚きの登場人物がいて。結局はそれが、今回僕がやる役だったんですが(笑)

自分の役がどれかは気にしないように読もうと思ってはいたものの、読んでるうちに、あ、これは誰々の役だなあと、一発でわかる役が結構あって。たとえば、古屋くん(古屋隆太さん)の役なんかは、読んだ瞬間に、というより、あらすじを読んだ瞬間にわかっていたし。若者の4人もこの4人だなというのはわかったし。東谷(東谷英人さん)の役も一発でわかり、ケンケン(大原研二さん)の役もすぐわかって。なんていうふうに消去法で消していったら、結局自分の役はふたつぐらいに絞られて。おそるおそる「まさか◯◯の役?」って聞いたら「そうだよ」って。(笑) あまりにも初めてやるタイプの役で、やらなきゃいけないことが多すぎて、それを今はひとつひとつクリアしていこうと頑張ってるところです。

──方言も初めてだと思いますが、いかがですか?

井上:これが、楽しいんですよね。方言をしゃべることによって、自分と役との間に、適度な距離ができるというか。昔からずっと方言の芝居、やってみたかったんです。方言というフィルターがかかることによって、違う自分に出会えるんじゃないか、違う自分が出せるんじゃないか、という期待があって。稽古をしてみて、実際そういうところがあるなあと思っています。

たとえば今回の役柄は本当に初めてやるタイプの役なので、標準語でやれと言われていたら、もしかしたら恥ずかしくてなかなかできなかったんじゃないかと思う。方言というフィルターが一個入ったおかげで、ちょっと助かっています。楽しいです。自分にとっては、意外なほど、大きなハードルではなかったですね。むしろ助けになっています。

──では最後に観客の方へのメッセージをお願いします。

井上:たしか平田オリザさんだったと思うんですけど、違ってたらごめんなさい、本の中で、自分の仕事は、自分が世の中をどのように見ているか、自分から見えている世界を提示する仕事だ、みたいなことを書いていたんです。

今回の作品は、まさにそうだなと思います。東日本大震災と原発事故、その起こってしまった「現実」を、どんな風に捉えていくのか。いろんなジャンルの人たちが、それぞれの見地から、たとえば学者の方や報道に関わっている方々も、それぞれの切り口で分析や考察をしていくんだと思うんですけれど、今回は「演劇」という形を通じて、谷くんがどのような角度からこの現実を見ているか、考えていこうとしているか、その切り口の提示をするものになるのだろうと思っています。僕は俳優として、その乗り物に同乗していくわけですけれども。僕たち俳優と、客席にいるお客さんたちが、劇場という同じ空間で同じ時間を過ごす中で、僕たちもお客さんたちもそれぞれが、自分たちの切り口や見ている角度のようなものがほんの少し変わったりするということが、この作品を通じて起こるといいなあと思っています。僕は、普段あまりお客さんの感想に興味がないというか、それは観た方の自由だと思って気にしないのですが、今回はとてもそれを気になるだろうと思うし、とても興味深いというか、それが楽しみです。ぜひいろんな感想を聞かせてください。

古屋隆太インタビュー

  • ──自己紹介からお願いします。

古屋:古屋隆太(ふるやりゅうた)です。昭和46年産まれの46歳です。今までは青年団というところで、現代口語演劇と言われているスタイルの演劇をずーっとやってきております。

──谷さんは、平田オリザさんが本などでやっちゃいけないということを自分のお芝居でやっている、とよく言うんですけど。

古屋:そうですよねー、そうですね、感じますね。

──今回の作品では?

古屋:今回の作品でも彼自身が言っているポイントがあって、ある汽車のなかで初対面の人間が会話を始めるんですけど。まず平田オリザの場合は、人種にもよるんですけど、日本人の場合はあんまり見知らぬ人に汽車のボックス席で向かいにいるとしても、物理的には可能ですけど精神的にというか……実際話しかけますか? と。大方の日本人は話しかけないらしいですね。

アメリカ人は話しかける人が多い、イギリス人はかなり話しかけない人が多いっていうのがあって、そこからワークショップで実験を始めるんですよね。じゃあ何があれば、話しかけるでしょうか? 例えば僕が話しかけなきゃいけないとして、向かいにお腹の大きい妊婦さんがいるとする。そうすると、けっこう話しかけやすくなるんですよ。あるいは、二人しかいないとして、ものすごく変なものが、隣に落ちている。それで僕がついつい気にしていると、こっち(向かい側の人)も自分のものではないですと言いたくなる。そういう、いわゆる「人間って環境に喋らされるよね」っていう発見をしてきている人なんですね。劇作家として。

それって、そもそもは「ご旅行ですか?」というセリフを俳優に喋らせるときに、どうもうまく言えない俳優が多いって問題意識を持ったかららしいです。何でだろうというと「ご旅行ですか?」と実際に言った経験がなければ、それはやっぱり言いにくいですよね。言語というか言葉として。そこからスタートしたオリザさんのワークショップがあるんですけど。それに比べて谷くんは、今回だと僕の役は、初対面のたかしくんに「いいもんだね、故郷があるというのは」って、話しかけるんですよ、いきなり。 だから、その平田オリザの提唱する現代口語演劇の土俵でやってきたものとしては、ものすごくハードルが高いです。

──台本を見たときに「おっ」と戸惑うのですか?

古屋:戸惑うというか、それは未熟な劇作家がそういうことを分からずに書いちゃっているのではなく、谷くんが確信的にそのシーンを書いていることが分かるので「おーっ、そういうふうに来るか」と。そうすると僕も現代口語演劇俳優気取りで「何かこれは言いにくいよね」とか言わずに、もうちょっと違う感じで初日から稽古に臨まないとなって思いましたね。

──青年団と全然違うダルカラという劇団に参加してみて、いまどういう印象ですか? お稽古が始まって9日目ぐらいだと思うのですが……。

古屋:うーん何ていうか、玉手箱みたいな。もうフル! MAX! を超えて、「こんだけ演劇っておもしろいこと出来るんだよ」って。玉手箱というか大風呂敷というか、そういう感じなんで……まあ実現は簡単ではないんですけど、きっと僕らはそれを実現させるでしょうし、相当おもしろい。老若男女難しいこと考えずに楽しめる作品になるなと思って、不安に慄きながらも希望がある。ワクワクするみたいな……心境で稽古に臨んでいます。

──今回の作品は東日本大震災が背景にありますが、2011年3月11日は何をしていましたか?

古屋:確かあの時確定申告が済んでなくて、女房と僕と当時4歳か5歳だった息子と三人で所沢(埼玉県)の税務署に車で行って、女房が税務署で作業をやっている間、税務署の向かいにある広ーい航空記念公園にいたんですよ。航空発祥の地と言われている公園なんですけど、そこに子どもの広場みたいな遊具がいっぱいある一角があって、そこの砂場にいたんです。だから、周りは何にもない。下はやわらかい。相当安全な場所にいたんですね。まあラッキーといえばラッキーだったんですけど。

その時に印象に残ったことがあって、すっごい自分が脳の異常で目眩がしてしまったと思うぐらい、ぐらぐらして倒れそうになったんですよ。これは地震だな、すごいの来たと思って、その砂場で子どもを遊ばせている若いママさんに「今の地震ですよね」と言ったらシカトされたんですよ(笑)。いやー、こんなにひどいのと思って……このディスコミュニケーションというか若い人だったんですけどね。そんなにシャイというか何ていうか、他人と話、出来ねえんだと思って。あれだけ揺れてその人も恐れ慄いただろうに、それでも知らないおっさんに声をかけられて警戒するっていう。「その警戒間違っているでしょう」と。ほんと、いざという時に助け合えないよなと思ってショックでしたね。それで家に帰ってもそんなにひどいことになっていなくて、震源はどこなんだろうって思ってたら、東北、福島だと聞いて、びっくりしましたね。福島ででっかいのは初めて聞いたので。

──家に帰るときは、普通に帰れたのですか?

古屋:そうですね、車で15分ぐらいの距離ですし、特に混乱はなかったですね所沢市は。ただやっぱり、東京が混乱しているっていうのは聞いていましたし、これは相当だなと。まぁ、親戚とかが東北にいたりはしないので、そういう心配は無かったんですけど。

──その後のお仕事に影響はありましたか?

古屋:その後、青年団の舞台があって、それをやるかどうか? というのを、劇団として答えを出すのに割と時間をかけましたね。電力をとても使うことですし、お客さんあっての演劇ですから。やっていいのかどうか? ということと、やったところで成立するのか? ということと。

特にその時はオムニバスというか、4本ぐらいの短編・中編をまとめてやる予定だったんです。それで僕が担当していた中編は関東大震災のことが出てくる内容だったんですね。僕は大杉栄(大正時代の社会運動家・アナキスト)の役で。大杉栄って諸説ありますけど、関東大震災の混乱で甘粕さん(軍人)に虐殺されたと言われているわけじゃないですか。その関東大震災の1か月ぐらい前からの連続してない4日間を、4場構成でやる舞台で、その翌日に関東大震災があったっていう設定だったんで、まあ、ちょっと考えましたね。

──今年公開された映画「息衝く」にも出演されていますね。

古屋:あれも青森県六ヶ所村を題材として扱っている映画で、参加させて頂きましたね。10年ぐらい温めて制作された映画なんですけど、5年ぐらい前かな? いきなり声をかけていただいて「ぜひ古屋さんに」って。難しい題材で難しい役どころだったんですけど、いろいろ僕の舞台を観て下さって、先ほど話をした大杉栄の役を観て「あっ、この人なら芯の強さを体現してくれるかな?」と思ってくださったみたいで、若い政治家の役でした。

ちなみに原発関連で言うと、ある撮影もしてますね。それもなぜか声がかかって、まだ事故から日が浅くてガイガーカウンター置けば「ピー、ピー」って鳴っていた時にみんなで現地に乗り込んでロケをして。仙台が宿だったんですけど、そこから毎回2時間かけて撮りにいきましたね。

おだか(南相馬市小高区)でしたかね。その時まだ避難解除がされてないところで、ただ昼間だけは何かを取りに戻るとかはいいよ。という状態で……そこの実話として、駅前の花壇に一人で花を植えているおばあさんがいたらしくて、その方と会ってショックを受けて、「自分に何ができるんだろう……」って黄昏ている記者の役だったんです。

撮影が終わったら着ていたものは全部、靴から何から「もうこれは処分しなくてはいけないんで」って袋に入れられて。その後、仙台の健康ランドみたいなところにみんなで行って、新幹線で帰ってきましたね。

──今回の役は、これまでとは少し違う感じですか?

古屋:そうですね。映画『息衝く』でやった役は、政策として廃炉をっていう方向で与党に働きかけてくれって党の上層部に訴える青年の役でした。僕自身も、息子がいますし、相当パニックになりつつも、やっぱり、原発……は恐ろしいものだと。絶対にこのまま原発依存は続くべきではないと思いましたし、今でもそういう想いの方が強いですね。

でも今回はお話いただいた時に、「電車の中で青年と会う夏目漱石の三四郎に出てくる先生のような」、「ファウストのメフィストのような」、人間の欲望に付け込んで誘惑するような、そういう役って聞いて、そっちかぁ……真逆の役だなぁと思って。それで僕なりに何冊か参考になりそうな本を読んで、いわゆる悪役としてではなく、その人の立場とかその人の想い……ってものが台本を渡された時に理解出来るようにっていう準備はしてたんです。

でもやっぱり今日稽古して、新しくもらった台本でやる時に、個人的な深層心理の意識が出ちゃって、ちょっとこう悲壮的なというか……つらそうなセリフ回しになってしまって、もうちょっとあっけらかんと言った方が良いですねって言われたんですよね。だからやっぱり、そういうところでどうしても嘘をつけないというか、人間こうなるんだなぁと思って、役者古屋まだまだこれからだなって思いましたね。難しさは感じてますね。

──谷さんとしては、結構前から古屋さんには出てもらいたいと思ってらっしゃったってことですよね。

古屋:一回、あうるすぽっとプロデュースの「TUSK TUSK」ってやつでご一緒させていただいて、その時……僕は、谷君のことをいいなぁって思って、向こうはどう思ってたかわかんないんですけど(笑)。それから1年後か2年後かに、彼も人たらしというか(笑)、うまーく誘われて「上手い役者だけを集めてやるワークショップ」とかいうタイトルでお誘いが来たんですよ。そんな誘われ方したら断れないじゃないですか。「じゃあ……行っちゃおうか?」ってなっちゃうじゃないですか(笑)。そこでもやっぱり楽しくて、これはいつか何かまた一緒にやることになりそうだなぁって僕も期待してました。

オファーをいただいた時、とっても嬉しかったんですが、その時にもう既にこの時期に別の仕事を決めてたんですよ。だけど、谷君とは、もう何か話が来たらやるって決めてたし。それに役柄が役柄で、その漱石の三四郎の先生のような、ファウストのメフィストのようなって聞いたら、こーれやりてぇなぁと思って。
すーごい時間をかけて、誠意を込めて謝罪して、ごめんなさいちょっとこれはほんとルール違反というか、自分としても決めているルールには反するんだけれども、先に決めたにも関わらず降ろしてくださいと。僕やりたいのがあってと。それでこっちを決めた次第ですね。

──ダルカラファンとしては古屋さんが出るっていうのはすごく楽しみです。谷さんが連れてくるベテラン俳優陣は必ず凄いことをして下さるので。

古屋:そうですか。なんでしょう、このプレッシャー(笑)。
そのご期待にしっかり沿えるといいなというか、その期待を超えるぐらいの「超えるぞー!」ぐらいの気持ちで頑張ります。

百花亜希インタビュー

──自己紹介からお願いします。

百花:ダルカラ劇団員の百花亜希(ももかあき)です。兵庫県神戸市出身です。

──ダルカラの二年ぶりの再開公演についてどんなお気持ちですか?

百花:う~ん。まぁ楽しいですね。ダルカラの作品の作り方というか、私がダルカラに関わるようになってから、谷もそうだし他のメンバーも多少なりとも変わっていって。そういう意味ではすごい変化は感じるし、また2年ぐらいブランクがあってまた再開するってなって、もちろん自分が変わったせいもあるけんちょも、いい意味ですごく楽しいです。

──ご自身で何か変わった感じはあるんですか?

百花:自分ではありますね。何が変わったって具体的に言うとあれだけども(笑)。俳優として休止中の2年の間に何か習得してやるぞとかそういう目標は別になかったんですけど。ただ自分が俳優をやっていく上でいつも変わらないものというか変われないものというか、もっと色々武器を手に出来たらいいなってすごく思ってっから、どれか一個って言葉にするってよりかはダルカラの劇団員として、この2年の間にしっかり成長出来てたらいいなってすごく思いますかね。劇団休止中にもケンケン(大原)、東谷さんとは一緒に演ったこともあるんですけど、ちょうど2年空いてみんなとも久々に演るんでね。

何が変わったって言ったらわかんねぇけんども(笑)……そうですね。何が変わったんでしょうね(笑)。人間的にというか俳優としてかな? もうちょっとリラックスを大事にしてるっていうかフラット? そこを大事にしているところはあるかもしんねえなっと思いますね。

私どっちかって言うと緊張しいなんで、そういうのが嫌なんですけど、そういう自分も認めてそれもしょうが無えなっと思いながらなるべく普段の状態と変わらないで演れたらいいなっと思ってて。自分と戦いながら……と言ったら格好良すぎるけども、昔よりかは肩の力が抜けているんじゃないかな? と思います。

──谷さんとか他の劇団員は変わった印象はありますか?

百花:あー、谷は変わったんじゃないかなと思いますね。

──穏やかになったとか?

百花:ある意味では丸くなった感じはしますかね。うんうん。他の劇団員はどうかな? そんなに変わったようには見えないかな。もちろん、ある部分ではみんな色々やってきてたから成長してるんだろうなと思うんですけど、なんかスタンス的にはそんなに変わったっていう感じはなくてやっぱ、一番は谷かな。

丸くなったっていうか演出家として成長した気がしますね。俳優との付き合い方とか。俳優に耳を傾けるというか、人として大人になったっていうか。
いや、わかんねぇけんども……そんな気はしますかね。

──今回、若者4人がオーディションで入っていますがその方たちの印象は?

百花:まだそんなに深く付き合ってはないんですけど、でもみんな役にはあってるかなっていう感じはしますね。各々の個性だったりお芝居の感じだったりとか居方とかで、みんなすごい一生懸命やってるし真っ直ぐだし、初参加なんですけどダルカラのこと好きなのかなって思います。

もちろん、各々に課題はあるんだっけんども頑張ってやろうとしているし、好感が持てるしある部分尊敬もしていますね。

──今回メンター制度があるって話ですけど。

百花:はい。私、丸山担当です。

──先日、丸山さんにインタビューした時に「百花さんに似ている部分があるのかも」って伺うと「そうかもしれないです」とおっしゃっていたのですが、百花さんから見てどうですか?

百花:そうですね〜丸山見てると、そうなっちゃう気持ちがわかるなって部分はあります。でも、私もお年寄りになってそれじゃいけねえなって部分もすごくあって、それこそ私が芝居はじめた頃、私にとっての月影先生である「木野花」さんと一緒に作品を作ってた時があって、その時「あんたは心が閉じてんだよ」って言われて、若い時はわかんなかったんですけども何年か経ってすごくその意味が分かるっていうか感じる気がするの。

丸山見でっと、谷が稽古中に言ってたことだと思うんですけど「謙虚なところがあるのはいいけども……」みたいな指摘とかね。まだ若いし先輩の人たちと一緒にやるから緊張するし「私なんかまだまだ出来てねぇ」みたいに自分を下にしちゃうとこがあって、そういうところは私と似てるんですけど、それはそれで事実として認めてもやる。そういう自分もひっくるめて観せる。恥をかく。ってとこまで行かないと違うんでねぇかなっと「なりたいと思ってる自分と実際の自分が違ったとしても、今の自分を認めた上で殻に閉じこもらない様にしないと何も生まれない」というような話をした気がします。

ほんとは苦手なんですよ。私はどちらかってぇと後輩の立場でいる方が楽だから……。面倒見てほしいタイプであんまり見本みせる的なことは好きじゃないんですけども、しょうがねえ! じゃないですけど、ある意味自分が後輩でいたがってる自分に言い聞かせる。それをすることで自分にもプラスになるいい機会だからっと思って頑張ってます(笑)。

──今回の作品は原発とか東日本大震災がテーマになっているので、2011年3月11日当時の記憶を聞かせていただけますか?

百花:その日は……私、そんなに明確には覚えてなくて……なんか消したいと思ってんのかわかんないんですけど。家にいたことは家にいて、すごい地震でそこからの記憶があんまなくて。普通、いい大人だからあると思うんですけども、私なくて……家にいたことは覚えてんですけども。

あと、稽古中だったってことも覚えてて……。私、阪神淡路大震災の時は兵庫県にはいなかったんですよ。引越しててそん時は大阪にいて……すげえ揺れを感じて、大阪はほぼ地震のないとこだったんであんな大きなことになってると思わなくて。どっちかっていうとそっちの方を繊細に覚えてる。直撃ではなかったけど東京でそういうことがあって、でもなんだろう。

私、神様って都合良い時にいるって思ってるタイプで、普段はクリスチャンでもないし他の何か信じてるわけでもないんですけど、何なんだろ! って思って。なんか本当に悪くて人殺しするような人とかに天災があって死んじゃうみたいのだったら、ある意味天罰的な感じでしょうが無いかなと思うんですけど。何の罪もない人がああいう天災にあう。最初は津波、その後は原発の問題が出てきて。関西の時はやっぱり近かったからおばあちゃん家のこととか近所で色々あったんですけど、3・11の時は身近っていう意味では何もなかったんですよ。

なんだろう? 関西の時より大人になってたから、人間が立ち向かえないってことに対しての苛立ちというか絶望感があって、ずっと泣いてたなって記憶。特にピンコンピンコンっていう音(緊急地震速報)がすごく嫌いで、人間って無力だなって。
でも、色々知りたいからテレビでニュースとかをとにかく見てて、地震のこととか今の状況が放送される度にずっと泣いてました。

稽古中で本番を控えてたんですけど、もしかしたら演目を変えたのかな? はっきり覚えてないんですけど。でも、やるやらないって話も出てて、私もこんな時に演劇なんか演ってていいんだろうかってすごく思ってた時期でしたね。それでとにかくずっと泣いてました。結局、本番は演ることは演ったんですけど、あんまり記憶に残ってないですね。

──話変わりますが、先日田植えをされたと聞きましたが?

百花:やった。やった。楽しがった〜。
神戸ってなんかきらびやかなイメージがありますけんども、私が住んでたとこはどっちかっていうと自然の多いところだったから田植えの経験もあったんです。今回多分小学校以来の田植えだったかな? 靴下で入って行ったんですけど、最初は思ってたより深くって足取られるし大変だったんです。
でも指導して下さるおじさんの真似をしていたらすごい楽しくて、結構手際も良くてこれは筋トレになるなっと思って。内転筋意識しながら一人でやってたら、すげえ上手だって言われて「あ、嬉しいな」っと思って楽しかったです。

──その時のメンバーは?

百花:谷、東谷、内田、宮地、井上さん、私の6人です。

──みなさん、真面目にやってましたか?

百花:谷は最初やらなかったんですけど途中からはやりだしたみたいな(笑)

──今回の作品や役について聞かせていただけますか?

百花:みんな喋ってることかもしれないんですけども、青春の物語。今回オーディションでよんだ4人だけが主役って訳ではないんですが、主軸は若い男の子でキラキラ! 青春物語! みたいな。福島の原発扱ってて何が繋がるねんって思うかもしれないんだけど、本当にキラキラしたとこもあるし。

私が初見で稽古した時に、書かれているのは1961年の話なんだけども「今の時代を生きてるからこそ」「結果が分かってるからこそ」読んでたら痛くなるようなところがすごくあって。私と同じように感じるかどうかわかんないんですけども、今を知ってるみんなにこの61年の話観てもらいたいですね。

もちろん、今回演劇だから事実だけをやるってわけじゃないんですけども、青春! みたいなところもあって、まあちょっとバカみたいなところもあって、みたいなところがとても楽しい。楽しめる作品になるんじゃないかな?

私の知り合いにも福島の出身で3月11日が近づいてくる度にちょっと鬱っぽくなるって方がいて、そういう方が観たい気になるかどうかはわからないですけど。
でも足を運んでもらったらまた違うかもしれないですし……違わないかもしれないんですけども、私としては観て欲しいなって思う作品になりそうだなっていうのは感じています。

──今回の役柄は百花さん的にはどうですか?

百花:実年齢より上の役でそもそも福島出身の役なんですね。今も頑張って福島弁で喋ろうとしてるんですね。方言という意味ではひとつハードルが高いところはあって、どうしても私は関西。神戸なんでちょっとイントネーションとか違ったりするんです。それでも福島にいた人っていうのでやってるので習得してこうと頑張ってます。ダルカラでは実年齢より上の役ってあんまりやった記憶がなくて、私のことを知ってる方が私と思わなかったら勝ちかなっと思います。

──観客の方へのメッセージをお願いします。

百花:私、そんなに喋りが上手いわけじゃねぇんで……メッセージって言ってもあれなんですけんちょも。なんとなくデリケートなのかなというとこもありつつも、全部分かってるわけではないけども過敏に反応することが嫌だったりするんですよ。

例えば福島産の……ってなった時に「えっ!」って反応をする人もいてもいいんですけど、自分はしたくないと言うか。今、お米が切れちゃってるんですけど、この前まで福島産のお米を買ってて、別にいいことしてるとかじゃなくて……過敏に反応するのがちょっと違うかなと自分では思ってます。

もちろん、人それぞれなんですけど、この作品もある部分ではちょっとデリケートな問題なのかなって今すごく思っていて。取り扱う時に、例えば劇場さんだとか役者個人個人でもそうだけど、腫れものに触るに近いようなことがあるのかなって感じていて。福島で初日を迎えるから実際身近で起こったことを、分かってる人の前で演るっていうことのある種プレッシャーはあります。

それでも、谷がこの作品をやりたい。福島のことを書きたい! ってなって、実際に今作品を作ってる最中なんですけど。何がいいとか悪いとかそういうところではない、何か答えが明確に出るものではないですけど、そこに人間ドラマもあるし、この物語に出てくる人たちは実在の関係者のほんの一部だけども、それでも色んな人の気持ちがあるわけで。

福島三部作っていうちょっと重めのデリケートなとこかもしれないけど、演劇だと言うことを忘れないで欲しくて。そこに出てくる人間模様だとか、エンターテイメント性だとかもある意味楽しんで欲しくって。

福島の話だからとか、難しいテーマ扱ってそうだなとか、敬遠してる人も含め本当に色んな人に観て欲しい。史実も演劇も人間がやってることだから、沢山の人に観てもらえたら嬉しいからどうか観に来て下さい。

宮地洸成インタビュー

──まず自己紹介をお願いします。

宮地:宮地洸成(みやちひろなり)と申します。いま二十歳で大学行きながらお芝居をフリーでやっております。

──出身はどちらなんですか?

宮地:僕は東京生まれ東京育ちなんで都会っ子ってよくバカにされます。親からずっと東京ですね。東京以外には縁がないというか、旅行とかでたまに行くくらいですかね。

──今回ダルカラのオーディションに参加しようと思ったきっかけと、実際に参加してみての印象を伺えますか。

宮地:参加したのはダルカラの『河童』を初めて観てそこから全作品を観ていて、好きな劇団だったんです、簡単に言うと。だからいつか参加したいなぁという気持ちはありました。

──『河童』を観てどんな感想でしたか? そこで何か感じてまた次の公演も観に行ったんですよね?

宮地:いやー、あんまり覚えてない……って言っちゃいけないですね(笑)。たまたま『夏目漱石とねこ』っていう面白そうな芝居がやってるから観に行こうって行ったら「あ、これダルカラ、『河童』の劇団だ!」って偶然が重なって。

──これだけ色々エンタメがある中で、芝居を選んだのは何か理由がありますか?

宮地:高校時代に演劇部に入っていて、ダルカラ観たのも高校時代だったんですけれど、演劇部に入ったのはちゃんとした理由はなくてとりあえず部活に入らなきゃという感じで。

──その理由で演劇部選びますか? (笑)

宮地:何なんですかね(笑)。本当に何で選んだのか覚えてないし特に理由があったわけでもなかったので……

──人前に出ることについては抵抗がなかったんでしょうか?

宮地:普段はともかく、いざ演技をしろって言われるとちゃんと人前で恥ずかしがらずにやることが当たり前というか、そういうのを求められてるから逆に開き直ってやれますね。

──そのまま大学に入ってからも演劇を続けてたんですか?

宮地:そこがダルカラと僕は関連したエピソードがあって、僕、高校の演劇部卒業して大学の演劇部とかには入らなかったんですよ。何でかって言うと、高校時代に演劇部の先輩から「大学演劇はクソだから絶対にやめとけ!」って偏見を植え付けられてたわけですね。一応弁明しておくと、高校演劇も大学演劇も、クソなのもあるしいいものもあると思ってますよ、今では(笑)。

そういうわけで、大学時代はちょっと別のことをやってみようと思って、放蕩生活? みたいなのを送っていました。それでダルカラの『演劇』がちょうど大学一年生の時にやってて観に行ったんですけど、進路のこととか未来について考えなきゃいけない時期に、ちょうど『演劇』っていう、すっごいざっくり言っちゃうと「自分の好きなことをやろう!」みたいに思える芝居に出会えて勇気付けられたんですよ。それで『演劇』を2回観て、すぐ「芝居やろう!」とはならなかったんですけど(笑)でも「自分のやりたいことをやろう!」っていう考えは残ったんです。そこから、友達の芝居観て楽しそうに見えて、自分も芝居やろうかなぁみたいな。

ダルカラが大きなきっかけになったというわけではないんですけど、ダルカラ観て、じゃあ「好きなことやろう!」「やっぱ芝居楽しいな!」って気づいて今こうやって続けてる感じですね。ちょっとうまく説明できない(笑)。

──今も大学の中の団体には入らずにフリーでやってるんですね。

宮地:そうです。フリーでふらふらしつつオーディションもふらふらしつつ、そしたらダルカラがオーディションやるってことになってこれはもう絶対に受けなきゃ! 受からなきゃ! という結構高いモチベーションで臨んだら本当に受かった。「やったー!」って感じです。

──実際に稽古に参加してみての印象はいかがですか?

宮地:いやぁ、難しいなぁっていうのが……難しい言葉もたくさん出てきますし、ダルカラの劇団員の方とか客演の方とかがすごく上手いのでそこに追いついていかなきゃって思うと、自分が本気でやっても全然届かないレベルじゃないですか、目指しているところが。言葉への想像力をもっとつけないといけなかったり、かといってモタモタしているわけにもいかず、その難しさにやられないように必死に食らいついてやろうかなって思ってます。

方言もいま苦労してます。独特のイントネーションで伝えられるニュアンスとかがあるじゃないですか。それを福島ネイティブの大原さんとか大内さんに教えてもらえるんですけれど、それがなかなか身につかないと、いざテンション高くなって芝居やった時にすぐ出てこないし、それを気にし過ぎててやりきったなって思っても、今の方言あってたかなぁ……みたいな不安感が常にあるので、方言もやらなきゃいけないしお芝居ももちろんやらなきゃいけないし、結構やらなきゃいけないことが多いんです。

──方言のお芝居は初めてですか?

宮地:初めてです。方言指導は基本的には大原さん大内さんにチェックしてもらってダメだしもらっての繰り返しですかね。音に慣れないととっさに出てこないですし。大原さんが今日言ってて面白かったのが、だんだんみんなのエセ福島弁が普通になってきて自分もわからなくなってきたって(笑)。独特の福島弁がいま稽古場に出来てきちゃってるのかもしれないです。

──福島の人が聞いたらちょっと違うって思いそう? (笑)

宮地:今回、時代が違うってのも難しいところではあるのかなと思います。昔の方が訛りが強いと思うので。

──1961年だと全然知らない世界ですよね。

宮地:そうですね。東京生まれ東京育ちの僕にとっては田舎の風景にも馴染みがないですから、想像力も必要だし、方言以外にも福島について知らなきゃいけないし、本当にやることがたくさんあるんですよね。

──2011年3月11日に何をしていたか覚えていますか?

宮地:僕は中学一年生で学校の式典をやってる時で、大きな地震が東北の方であったと。みんな家に帰らされてしばらくずっと家にいました。親戚を亡くしたりとかは僕の周辺ではなかったので、すげえことが起きたんだっていう実感があんまりなかったですね。

──学校からは普通に帰れたんですか?

宮地:はい、学校から家がとても近かったので。ニュースを見ると津波が起きてるんだとか映像で入ってきますし伝わってきますけど、自分の身の回りで物を買いあさったとか停電の話とか聞くと影響はあるんだなって感じながら、福島の人や震源地に近いほうに比べたらほとんど変わらない生活だったように思います。

──一番印象に残ってることは何ですか?

宮地:自分にとって印象に残ってることと言えば……ちょっと陳腐かもしれないですけど、ACのCM。ずっと同じCMが流れてるっていうことで、いつもと違う空気っていうのを感じましたね。自分の生活自体にあまり変化がなかったので、自分から知ろうとしないと伝わってこないっていうことを、いま震災に絡んだ芝居の稽古をしていて「ああ、こんなに知らなかったんだ」っていうことを、最近思いますね。

──今回、震災に関連するお芝居ということで何か本を読んだりされましたか?

宮地:はい、原発に関する本とか、実際に福島に行って浪江(浪江町)を歩いてみたりとか。一人で福島に行って何も予定を決めずにとりあえず浪江町に行って一人で歩いてみるっていうのをやりました。浪江って避難解除されてからもう一年くらい経ってて、いろんなところで工事してたり壊れた建物とかも撤去されたり建て直されたりしてて、一見、ここが本当に震災の影響を受けた町だってわからないんですけど、人がいないところは本当に無人だし、公園とかは誰も入ってないから草ぼうぼうで手付かずの状態だったりするのを見ると、やっぱり震災ってあったんだって実感を持って思い出したりして。

旅行する時に下調べとか僕は全然しないタイプなので、そういう意味では収穫は少なかったのかなって思ったりもしますが、そういう風景を見る一方で、最近営業を再開した浪江のローソンが復興に向けて働いている人たちですごく混んでいたりする光景も、実際に見てきました。双葉町とかは人が住めない町だって言われてて、浪江にもそういう印象を持ってたんですけど、東京にいるとそういう偏見しか届いてこないんだなぁって思いました。人が実際に働いているところを見ると活気付けられるというか、そういうことは実際行ってみないとわからないなっていうのを実感しましたね。

──今回の作品に対する思いを伺えますか。

宮地:福島のひとつの村の話なんですが、僕はさっき言ったとおり東京生まれ東京育ちだから自分の生活とは違うことだらけだというのが大きいですし、震災事故に関して福島っていう被害の当事者としての感覚と、原発を無視してきたことによる加害者としての気持ちというか違いがあるっていうのは、ちゃんと理解して臨まなきゃなとは前から思ってて。作品の中にもそういう要素があって、福島の話なんで主に福島の人の意見が出てくるお芝居なんですけど。俺はもう東京に行くから福島の原発のことなんか関係ねぇっていうような台詞があって、これは福島の人のためだけに作られた芝居じゃない、むしろ東京とか福島以外の人たち、福島を無視して実質加害してきた、同じ国に住んでるのに無視してきた人たちに向けて作られてるんだなっていうのを感じて、僕は東京都民、生まれも育ちも東京都ですからそこはすごい身につまされる思いがする要素がたくさんある作品です。

──宮地さんが演じる役に対して、方言を抜きにした時に難しい要素はありますか?

宮地:僕は若者の役をやるために今回参加させてもらってると思うのですが、よく行く方々で「君、30代?」「……20歳です」って(笑)。言っちゃえば老け顔なんです。田舎の人の役ということで、本当にこれ自分で成立してるのかな、都会育ちの30代に見える老け顔が田舎の若者の役やって成立するんだ? っていう、そこに対する困惑はありますね。僕が自分のことよくわかってないだけかもしれないですけど。

──谷さんの演出を受けてみてどう感じていますか?

宮地:結構踏み込んだ質問しますね(笑)。なんか一個一個の注文が面白くて、谷さんには色々な意図があるんでしょうけど、「あれやって」って言われて実際にやってみるとそれがすごい楽しくて、こういうやり方ありなんだ、これやるとすげえ楽しいなみたいな発見がダメだし受ける度にあって、演劇って面白れえなっていうのを教えてもらっているってすごく感じますね。もちろんシーンによるんですけど全然自分わかってないなって実感させられることもあるので、そういう意味では本当に言葉どおり楽しくもあるし厳しくもあるし、いい現場だなって思っております。

──宮地さんのメンターは大原さんですよね。メンター制度ってそもそも誰が言い出したんですか?

宮地:谷さんです。谷さんが初日に「メンター制度をやります」って、もう組み合わせも考えてあったみたいで、僕は大原さんで。大原さんとは今回が初めましてなんですけど、僕はそれまでダルカラを観ていた側だったので、今まで役者さんとして観てた人が自分と一緒にやるんだっていう、距離感がよくわからないところがあって、最初は一緒にいても一緒にいる感じがしないというか(笑)。これ本当にあの大原さんか、あの芝居であれやってた大原さんかって最初の方は結構感じてました。稽古が進む中で、客演の方も含め皆さん色々言ってくれるのですごく優しい大人が集まってる現場だと思います。裕朗さん(井上裕朗さん)も、芝居観るとすごい怖い人だな、厳しそうな人だな、理知的だなって思ってたんですけど、実際会ってみたらニコって笑ってくれて優しくて。一緒にやれてよかったなと思います。

──では最後に観客の方へのメッセージをお願いします。

宮地:自分が東京都民だからこの芝居に思うことが多くて、だからこそ東京の人に観て欲しいなっていう気持ちがあります。今まで福島に対して無関心でいた人こそ観て欲しいなって思うし、ちょっとでも興味あるなら観た方が絶対面白いと思うし、僕も頑張ってるので(笑)観に来て欲しいです。