椎名一浩インタビュー

ーー故郷の思い出を教えてください。

故郷ってどこを指すんでしょうね。僕はフィリピンで生まれて三年くらいですぐ引っ越したんですけど、幼い頃の思い出は鮮明に残っていて、フィリピンもそうだし千葉にいたこともあるし、幼少期は川崎で過ごしていてそれぞれの土地に思い出があります。

ーーもう少し歳をとったら帰りたいと思う場所は?

やっぱりフィリピンかなぁ。時間の流れがすごくゆっくりだし、かと思ったら活気付いてるところもあって……。勝手なイメージですけど川崎と似てるのかな。ごちゃっと感が。だから故郷の記憶っていうのが混在してて、元気だったりうるさかったり、でも穏やかな時間も同時に流れてるっていうのが、フィリピンと川崎で重なる部分がありますね。
フィリピンは裏道行くとスラムじゃないけど、どこか寂れた感じで、そこを探検してみたり。川崎も20年くらい前だと今より汚くて、路上生活してる人もたくさんいましたけど、嫌な感じではなくて人に危害を加える人もいなかったから、人の生活がある場所だなって感じでした。色んな人が混ざってる環境で育ちましたね。

ーー25年後は何をしていると思いますか?

これ、文字に起こした時にニュアンスが伝わるかわからないですけど、多分、生活してると思います。この「生活」っていうのが僕の中では文字通りじゃなくて……考えながら生きてるって感じなんですよね。

ーーどういうイメージですか?

僕の「生活」のイメージは、ただご飯食べて仕事してっていうことじゃなくて、人とか社会と関わることだと思ってます。そういう意味での生活レベルが25年後には深くなってる気がするんですよ。演劇を始めて10年くらいになりますが、演劇を始めてから生活範囲とか気づける範囲が広がってる気がして、25年後にはもっと広がってるんじゃないか、演劇をやってなかったとしても何かしらのその時納得できる形に移して、生きているのではないかなと思いますね。

ーー演劇を始めてどうして広がったんでしょうね?

芝居の起源って、自分の考えでは絶対に「生活に根付いたもの」だと思ってます。歌舞伎とかシェイクスピアって位の高い人の生活を描いてて、その人たちの苦悩はその人たちにしかわからない。でも、それこそDULL-COLORED POPの『くろねこちゃんとベージュねこちゃん』みたいに家庭内のドラマが描かれてるものもあるし、絶対どこに行っても考えられうる。生活がないとドラマは生まれないと思ってて。芝居をしてると自分が経験してない古今東西の人々の生活を知ることができるから、広がっていくんじゃないかなと思いますね。

ーー演劇以外でひとつ好きなものをあげるなら何ですか?

料理です。お弁当、よく作りますね(笑)。よく「趣味は?」って聞かれますけどパッと出なくて、読書とか映画とか見るけど趣味っていうほどではなくて、過去を振り返った時に一番最初に手をつけたのって料理なんです。まず食べるのが好きなんですよ。それこそ生活に根付いたものだし、ご飯食べないと生きていけない。人がご飯食べてるのを見てるのも好きです。僕は長男なんですけど、うちの家族も結構おいしそうに食べてくれるから「お兄ちゃんのアレ食べたい」とか言われると、求められてる感というか「僕の作ったご飯でがんばれる」みたいのは嬉しいです。ご飯がおいしいと頑張れますよね。

ーーちなみに得意料理は何ですか?

一番得意なのは親子丼かな。簡単だしすぐ出来るしそこそこのクオリティを提供できる(笑)。栄養もあるし。僕、考え過ぎるところがあって、でもご飯作ってる時って「おいしいものを作る!」っていう目的一つじゃないですか。
おいしいものを作りたいし、おいしいものを食べたいし、すごく無心になれるんですよ。そこも料理の好きなところですね。無心になれるっていう意味では裁縫とか編み物も好きですね。ただきれいに縫うことだけを考えればいいから。ちゃんと形になるし、うまく出来ると自己肯定もできるし(笑)。

ーーでは最後に、東日本大震災で一番記憶に残っていることを教えてください。

高校を卒業した年で春休みを満喫してアルバイトとかしてた時期でした。地震が起きた当日は、自転車漕いでたらいきなり電線がファァッと揺れて、周りの家の人とかバッと出てきて。家が近かったんで帰ったら母親も弟もいて、テレビのニュースでどうやら大きい地震らしいって知って。居酒屋のバイトが入ってたんですけど休ませてもらいました。
一番しんどかったのは、計画停電だったんですよね。時間はちゃんとお知らせしてもらってましたけど、寒かったから。うちは灯油ストーブだったんですけどエアコンも効かないし、母親は自家製のアルコールランプを使って、みんなで毛布をかぶって停電が終わるのをじっと待ってました。その時コンビニでバイトしてたんですけど、計画停電の真っ暗な中で懐中電灯で照らしながら品出し作業をするっていう奇妙な経験もしました。